「というと、ムッシューはツール・ド・フランス自転車大レースをご存知ない?」
これは児童書『くまのパディントン』(マイク・ボンド著)シリーズのうち1970年に初版発行された『パディントン、フランスへ』のなかに登場するセリフ。物語ではその後、三輪車に乗って選手気取りのパディントンが大集団に巻き込まれ、ツール・ド・フランスのスプリント賞を獲得してしまうという奇想天外な話が展開される。実際のツール・ド・フランス報道に携わって30年以上になるボクが、最初にこの大会の存在を知ったのはこの児童小説というわけだった。
世界の1番と2番とでは、残念ながら知名度はまったく違うものだ。「ジロ・デ・イタリアを知らなくてもツール・ド・フランスは知っている」という日本人は多いはずだ。どちらも23日間をかけてその国土を一周する自転車ロードレースだが、バカンス時期となる7月のフランスで開催されるツール・ド・フランスこそ、まぎれもなく世界最高峰の自転車レースなのだ。
競輪が陸上競技の100m走に相当するとすれば、ロードレースはいわばマラソンだ。ツール・ド・フランスに出場するプロロードレーサーたちは毎日フルマラソンを走り、それを23日連続でこなしてしまう。1日ごとに行われる「ステージ」とフルマラソンはほぼ同じ運動量なのだが、それではなぜ自転車選手がフルマラソン都道島の激しいレースを23日連続でできるのかと言えば、使用する自転車という機材が見事なまでに効率よく、体にストレスを与えずに運動をこなすことができるからにほかならない。
1歩ごとに路面からの衝撃を受けるランニングに対して、自転車はペダルを回すだけなので足腰の負担が飛躍的に軽減される。体重もサドル、ペダル、ハンドルに分散されるし、ペダル回転を自らの意志で制御できるので運動の強さもコントロールしやすい。健康増進のためにスポーツを始めようかなという人がいたら、ボクはなんの迷いもなくサイクリングをオススメしたい。
●真夏のフランスを駆け抜ける男たちの23日間
さて、ツール・ド・フランスがどんな競技であるのかを簡単に説明するならば、真夏のフランスを23日間かけて一周し、その所要時間が最も少なかった選手が総合優勝者となるレースということになる。毎日のゴール後には表彰式が行われ、その時点で首位となった選手に黄色いリーダージャージ、「マイヨジョーヌ」が与えられる。つまり最終日のパリでこのマイヨジョーヌを着用した選手が、世界最高峰の自転車レースの覇者となるわけだ。
日本でのツール・ド・フランス報道は1985年にNHK特集で大きく報じられ、その認知度が飛躍的に高まった。野球の大リーグや欧州サッカーリーグのように近年は日本勢の活躍もあって、関心を寄せる日本人は右肩上がりで増えている。現在では有料チャンネルでライブ中継を楽しむことができるようになった。アルプス山脈やピレネー山脈などの壮大な景観のなかで激闘するシーンは、併走バイクや空撮を駆使した国際映像として全世界に配信され、日本のお茶の間にいながらドラマチックな戦いぶりを堪能できるのだ。
ただしそれは、ツール・ド・フランスの「コンペティション」という一部分だけを切り取って映しているに過ぎない。日本人記者としてキャリアだけは最も長いボクが僭越ながら言わせてもらうと、ツール・ド・フランスにおける「コンペティション」部門は全容の十分の一である。つまりこのイベントは競技以外の部分、それは社交・外交であったり庶民の娯楽であったり、経済や宗教を含めたヨーロッパの文化そのものが非常に大きな要素を構成しているのだ。現地に立つとそれらが脈々と演じられていることを痛感するのである。
2013年に講談社現代新書から上梓した、そのものズバリの書籍タイトル『ツール・ド・フランス』はまさにそのコンペティションの部分を中心に書き連ねたものだ。全容の十分の一であるかもしれないが、それがツール・ド・フランスの最も重要な部分だからだ。
●すべての人がツール・ド・フランスの歯車となる
ボクが初めてツール・ド・フランス取材に訪れたのは1989年だった。そのとき、取材車両に乗るボクにも沿道の人たちがすべからく笑顔で手を振ってくれるのに驚いた。仕方がないからこっちも手を振り返すのだが、しばらくして気づいたことは「これは単なるスポーツイベントというよりもサーカスのような庶民の楽しみで、選手だけではなくボクを含めた関係者もサーカス団の一員なんだな」ということ。それだったらピエロ役でも務めてやろうという気にもなる。
コースは毎年まったく異なる。時計回りになったり反対になったり。全国の市町村が誘致に乗り出すが、かつてコース設計を担当していたベルナール・イノーは「おいしいチーズとワインがあることが決め手かな」と、冗談ともつかない選択基準を教えてくれた。美しい町並みや美食を楽しみながらフランス一周の旅ができるのだから、ツール・ド・フランス取材は悪くないと思う。
真夏のフランスを一周するそんな自転車大レースは「オラが町に華やかな一大イベントがやってきた!」というノリでフランス中、いや欧州のみならず世界中の人たちが心待ちにする夏祭りだ。だからちょっと前に国のランス・アームストロングが薬物違反によって7連覇という記録を抹消されても、100年を超える歴史そのものは魅力を失わなかった。勝った負けたはツール・ド・フランスの一部でしかないからだ。
7月7日に開幕する2018年のツール・ド・フランスは第105回大会。ボクは今年も出場176選手とともにフランス全土を駆け巡り、パリを目指す。23日間という全日程を取材することにこだわっているのは、苦楽の果てにパリに到着する選手たちの気持ちを共有したいからだ。願わくばナニゴトもなく、パリにたどり着けますように。
大会期間中は東京中日スポーツで連日報道
Life Creation Space OVE「旅するツール・ド・フランス」で毎日コラム
産経デジタル「Cyclist」でかつてその町で演じられた伝説的激闘を紹介
PRESSPORTSの🇫🇷ツール・ド・フランス特設サイトでも取材者日記を公開
ツール・ド・フランスさいたま @saitamacrite で現地雑感を速報
現地で手に入れたグッズをプレゼントする企画も @PRESSPORTS
🇫🇷2018ツール・ド・フランス特集サイト
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