News

ミラノ〜サンレモ優勝のアラフィリップが世界ランキング1位に

UCI(国際自転車競技連合)が3月24日に世界ランキングの最新版を発表し、同23日のミラノ〜サンレモで初優勝し …

フィジークシューズ購入でフィジークレーシングソックスをプレゼント

2019フィジークソックスキャンペーンがスタート。2019年3月25日(日)から6月30日(日)まで、フィジー …

ボート競技の日本代表候補最終選考レース開催…正式発表は3月27日

ボート競技の2019年日本代表候補最終選考レースは、大会3日目の最終日となる3月24日に戸田ボートコースで決勝 …

【東京マラソン挑戦記】記録更新ならずも手にしたかけがえのないもの

2019年3月3日の東京マラソンに参加しました。8年ぶりとなる当選通知を受け取って以来、5カ月にわたって自己ベストの更新を目指して練習を重ね、その過程で心身それぞれ壁に突き当たりました。あいにくの冷たい雨でペースが上がらず、記録としてはヘコみましたが、思い出とともにかけがえのないものを手に入れることができました。

ゴール手前の丸の内仲通りはまるで花道だ。東京駅前を左折するとゴールへ

出るんだったら自分なりにチャレンジしたい!

抽選倍率12倍超という人気フルマラソン大会。「当たらないよなあ」と軽いノリで初めて申し込んだ2011年にビギナーズラックでいきなりの当選。意気込みなどあまり持ち合わせていなかった1回目の出場だったが、銀座通りなどの大都会を走ったのだから興奮しっぱなし。直前に大学受験に合格した長女も応援に来てくれて、本当に夢のような42.195kmだった。東日本大震災が発生したのはそれからちょっと経ってからだった。

再びあの夢のような体験を満喫したい。出るんだったら今度は真剣に練習してスタート台に立ちたい。ところがラッキーは続かない。毎年欠かさずエントリー応募するものの落選。ようやく当選のメールが舞い込んだのは2018年9月25日。2019年に開催される大会への参加が認められたのだ。ちなみにfacebookのお友だちの多くが「今回も落選した!」とツイートしたのは同日午前中。まず落選した方々にメールが配信され、当選者には13時に一斉メール配信したようだ。

東京マラソンを走れるなんて、倍率から仮定すると12年に一度だ。ボクの場合、次にチャンスがやってくるときは68歳になっている。いくらなんでも速く走る自信はない。だっから今回、しっかりとした目標を設定して、それがクリアできるかは別問題として、充実した日々を送ることができたらそれはそれで素晴らしいのではないか? その過程において地道に身体を動かし続けることで、健康増進あるいは健康維持ができたのなら、スタート地点に経った時点で「勝利者」なのではないか? そんなもくろみがあったのです。

5カ月に及ぶ東京マラソンに向けての練習を下支えしてくれたのは光学式心拍計つきのGPSデバイスです。こちらの主な効能は別コラムに掲載しているのでご参考までに。

東京マラソンで着用したものと手荷物。天候がどうなっても対応できるように用意した

今回の目標として掲げたのは、30年前に記録したマラソン自己ベスト更新。日刊スポーツが主催していた河口湖マラソンのタイムでした。ところが記録証なんて残っていないので、ベストタイムは記憶でしかないんです。あのときは35kmまでサブスリーのペースで行って、完全に脚が止まってからはフィニッシュまで歩いたという、おぼろげなもの。

それでは明確な動機付けにならないからと、当時使っていたスケジュール帳を引っぱり出してみると、ありました。手書きで「3時間52分56秒」と。記憶のなかでは3時間40分だったんですが、長い年月の間にタイムがいいほうこうにさば読みしていたようです。じつは人間って都合よくできているんです。

毎年参加しているハーフマラソンのタイムをあとちょっと短縮すれば、目標に届く。そのギリギリ感がチャレンジしてみようという動機に。それからはまずトレーニング計画の作成。インターネットでフルマラソン参戦のために、自分なりのレベルではどうしたらいいかを調べました。結果として「準備期」「改善期」「鍛錬期」「調整期」という4期に分けたトレーニングを始めました。

ウエアはアディダス、GPSデバイスにガーミン、アイウエアはオークリー

カラダじゃなくて心が最初に挫折した!

光学式心拍計つきのGPSデバイスにはさまざまな機能が搭載されていますが、例えば「VO2 Max」が簡単に計算できるのは、有酸素運動を継続する際にかなり有効です。スポーツ研究機関での正式な「VO2 Max」計測は、被験者をベルト台の上で走らせ、掃除機の管みたいなものを口につけて吸気と呼気を測定するんですが、最新の光学式心拍計は身につけているだけでよく、取得データを解析して簡易表示してくれます。その数値をもとにマラソンの予測タイムが算出されて、これがアテにならないけどモチベーションにはなります。

ボクの練習メニュー消化はまずまず。ランナーがたびたびかかえる膝関節のケガもまったく発症することなく、順調に走り込み計画を遂行していきました。ところが誤算が。最新の光学式心拍計つきのGPSデバイスも、さすがに心の弱さまでデータ解析してくれません。身体の筋肉も腱も元気でしたが、じつは精神的にストップ信号が発令されてしまいました。

「心身ともに健康」というけど、精神面から不具合が生じました。最大心拍数は220マイナス年齢なんですが、練習で強度を徐々に高めていくうちに軽く164を超えてしまい、「これ以上上がると死ぬから!」という信号が脳から発信されてパニックに。東京マラソンに向けて肉体的には若い世代並みの数値が出ているのに、目標を下方修正するしかありません。

その症状が本業である原稿執筆時にも発症するように。一番軽い向精神薬で治るので薬剤師の長女からは「薬はうまく使えばいいよ」と言われましたが、基本的にもっと気楽にやらないとダメだと感じました。肉体は1km4分30秒で刻めるのに、クスリに頼ることに自問自答してしまい、自分で自分を追い込んでしまう悪循環。

新宿駅南口から指定されたゲートへ。すぐに雨が降り出し、撮影するゆとりもなくなったのでこんな1枚しか撮っていません

若いころの記録や邪念を捨てることも必要

20年以上もひとりで仕事をしてきた人や、きちょうめんな人がなりやすいようですが、もはやそれは回避できないので、考え方を変えてみることに。この際若いころの自己ベスト更新なんてターゲットは捨てよう。もっと気楽になって、練習も大会も楽しもうではないですかっ。東京マラソンに出場する目的の第一は健康維持なのですから。もうひとつ、モテたいという気持ちも邪念となります。

こうして大会の3カ月前となる12月は精神的不安でハイペースの走りができなかったんですが、この時期にやめることなく心拍数を抑えて長い距離を走ることに切り替えたのがよかったみたいです。次第に復調していくと同時に、地道な走り込みが功を奏したのか、トレーニング中に10kmとハーフのベストまで記録。時間があまり取れなかった日は高強度トレーニングとして走ってみると、1kmと1マイルと5kmの記録を一気に塗り替えました。

走り込みの時期となる2カ月前の1月は、2日に1回はハーフを走り、月間走行距離は300kmに。それでも膝に痛みはありません。2月は海外出張などがあったので、そのまま調整期として練習量を抑えることもできました。

東海道線の通勤時に毎日見ていた柏尾川沿いが練習コース。このルートは歩行者と自転車が植栽で分離されているのでターゲット心拍に集中して走れます。走り込みで脚に相当疲労がたまっているときはロードバイク。ランの時はスマホを持っていないので、練習コースを撮影しておきました。すでに思い出深いコースです。歳をとって歩けなくなったら車椅子で連れてきてもらおうかな。

Garminで取得した走行コース。これだけ軌跡が揺れ動いているのは初めてだ
体温を維持するために心臓が頑張ってくれました。最大心拍187はなにかの間違いでは?

そして2つ目の壁が出現。疲労骨折目前

そう簡単でないのがフルマラソン。走り込み期間に高校生のころの体重まで落ちてしまい、実走距離20kmを超えるとクラクラするようになりました。減量が目的ではないので、しっかりと食べてスタミナをつけないと、と食事に気を遣うようにしました。一般的なダイエットとしてみると「低強度で長時間」と「高強度で短時間」と「筋トレ」をバランスよくやれば体重はみごとに落ちますね。

追い打ちをかけるように海外出張で右足に痛みが発生。取材先は真冬の米国ボストンで、あの有名な野球場「フェンウェイパーク」の北側がボストンマラソンの40km地点。ゴールまで2.195km走ってみようかなと、ジョギングウエアでホテルを飛び出したのですが、その日の最高気温はマイナス2度で、強風が吹き荒れていました。そのときに冷えたのか、帰国後に足に痛みが発症。

フルマラソンまであと1カ月を切っていました。まる4日間休んでなんとか痛みもなく短い距離が走れるようにはなりましたが、体重が60kgに落ちました。体脂肪率は高くなったので筋量が落ちちゃったみたいです。わずか数日で。

ところが痛みはなかなか取れず、心配になったのでスポーツ整形外科へ。レントゲンを撮って診察してもらうと、疲労骨折ではないとのことでしたが、過度なトレーニングで中足骨が損傷したようです。

数日後には治ったように思えました。いやちょっと腫れてるかな。でも痛みがなくなったので、それだけでうれしい。用心してもう1日走るのはやめておき、体育館で身体をほぐしてリラックスするなどで動きが鈍くなるのを回避していきます。

肥満だったボクが56歳にして標準体型に。身体の調子もすこぶるいいです

いやはやフルマラソン、ひとすじなわでは

東京マラソンまで1週間を切ってからは完全に調整のみ。お世話になった柏尾川沿いに感謝を込めて、疲れをためずにケガを悪化させないように、止まるようなペースで16km走り納めしてきました。それでも1年前に一生懸命走ったペースより速いんですよね。練習ってやれば強くなるんだなとこの歳で知りました。

それにしても、さすがにフルマラソン、ひとすじなわではいかず。5カ月の練習時期に心身それぞれ壁に突き当たりましたが、なんとかそれを乗り越えてベストな状態でスタートラインに立つことができました。サポートしてくれた家族に感謝しながら走りました。冷たい雨の中…。

大会史上最悪の気象状況だったかも知れませんが、それなりに楽しんでいました。条件がシビアだったので30年前の自己ベストは頭から消えていて、それでも8年前の記録を40分更新しました。ランナーは走っていたら寒さは感じないんですが、数時間も冷たい雨の中でサポートしてくれたボランティアさんや、アプリの位置情報をチェックしながら沿道で待ってくれた長女や次女や友だちに感謝のしようがありません。

一定レベル以上のGPSデバイスは都心部のビル群に影響しないように日本の準天頂衛星みちびきを駆使するんですが、東京マラソンの軌跡がかなり揺れ動いて記録され、スタートからゴールまでの距離が45.17kmに。

一瞬、距離表示間違ってんじゃないの? と思いましたが、GPSの乱調が誤差の原因だと思います。普段は上空がひらけた郊外でランやサイクリングをしているのでこんな現象はないんですが、都心部を走っているみなさんはこんな感じなんでしょうかね?

心拍数には関しては、体温維持のために身体がフル回転で頑張ってくれたのか、一般的な計算上のボクの最大心拍前後で推移していました。これでは脳から「ペースを抑えろ」という信号が出されるのでいいタイムが出ませんね。折れ線グラフで心拍数がガクッと落ちているところはトイレです。もう寒くて…。 日本記録保持者の大迫傑選手も低体温症でリタイアするほど。その気持ちがよーくわかりました。次に出場するのはおそらく12年後。また当選したときのために年齢なりに地道に走り続けていたいと思いました。ゆるーく健康維持を果たしていることが氷雨のフルマラソンで手に入れたものでした。

● コラムのインデックスページへ

脂肪が一番燃える心拍数…40歳で安静時60なら144、50歳なら137

フィットネスするならただがむしゃらに身体を動かせばいいってワケじゃない。身体に蓄えられた脂肪を減らすには有酸素運動をする必要があり、さらにはその運動強度が脂肪を効率よく減らすために重要だ。その目安となるのが1分間に心臓がどれだけ鼓動するか。つまり心拍数である。

プロロードレーサーのボディは研ぎすまされている

過去コラムで
「てっとりばやく体脂肪率を下げるなら有酸素運動じゃなくて筋トレ」
と紹介しておきながら、結局のところ体脂肪を燃焼させるのは有酸素運動なのである。呼吸をしない無酸素運動は爆発的なパワーを発揮させる糖質しか燃焼させず、脂肪をしっかりと燃焼させるには有酸素運動しかない。呼吸によって肺の中に取り込まれた酸素は血液と一緒に身体じゅうに運ばれ、毛細血管のすみずみまで行き渡る。このときに皮下脂肪を燃焼させて、脂肪をエネルギーに置換させる。脂肪をゆっくりと燃焼するので大きなパワーは出せないが、持久的運動をこなせるのである。

有酸素運動の代表は自転車、ランニング、ちょっと速めのウォーキング、エアロビクスなど。どれも継続的にこなせば体脂肪は必ず落ちる。しかし「最も効率的に」体脂肪を落とすためには絶妙の運動強度で身体を動かす必要がある。つまり重要なのは「有酸素運動の強さ」だ。感覚的には「ハアハア」とちょっと胸がはずむくらい。それ以上の激しい運動でも、それ以下のマッタリとした運動でも脂肪燃焼効果は期待できなくなる。

この感覚を数値で表示してくれるのが心拍計(ハートレートモニター)。クルマで言えばエンジンのタコメーターだ。1分間の心拍数を身体に取りつけたセンサーによって検出し、ワイヤレス送信などによってモニター表示される。これまでは胸にセンサーベルトを装着する必要があって、それはとても恥ずかしくてわずらわしかったのだが、最近は各社から手首で計測するタイプが市販されるようになり、腕時計のような気軽さで心拍数が分かるようになったのが画期的だ。

体脂肪率はおそらく全員が10%以下だ © LaPresse – Fabio Ferrari

脂肪を最も効率的に燃焼させる心拍ゾーンは年齢などによって個体差がある。でも安心してください。効率的な心拍ゾーンを算出する計算式があります。

最も一般的なのは、自分の最大心拍数を算出してその65〜75%の心拍領域をキープして効率よく脂肪を燃焼させる計算式。最大心拍数は「220−年齢」でいい。心拍デバイスを持っている人ならフィットネスに有効なターゲット心拍領域の「上限」と「下限」をアラームセットしておけば、運動の強さを自分でコントロールしてその境域をキープし続けることが容易。

上記は最も簡単でざっくりとした計算式。ところがひとつ問題があるのは、その人固有の平常時心拍数をまったく考慮していないという点だ。人によっては日常生活における心拍が低い「徐脈」の人もいるし、スポーツ心臓のアスリートもいるし、逆に高い人もいる。

それを補うのが以下の専門的な計算式。
①220ー年齢=最大心拍数
②(最大心拍数ー安静時心拍数)×0.7で算出された数値にさらに安静時心拍数を足す

こうして算出された数値が「ターゲット心拍数の上限」だ。この数値を超えると運動が激しすぎるので毛細血管に血がめぐらず体脂肪が燃焼されない。だから心拍計でこの上限を超えないように運動する。その上で「ターゲット心拍数」にできるだけ近いゾーンで「ハアハア」と運動すればいいわけである。

例えば40歳で安静時心拍が60の場合、
220ー40=180が最大心拍数
180ー60=120
120×0.7=84
84+60=144

1分間144拍が目標心拍数となる。この目標心拍数に近い下限値でできるだけ長く有酸素運動すればいい。カンタンでしょ。144を超えると運動強度がキツすぎて持続できないし、血液は太い血管ばかり流れるので毛細血管が刺激できずフィットネスとしては効率よくないのだ。

50歳で安静時心拍が60の場合、1分間137拍が目標心拍数となる。経験から推奨すると 125〜135くらいの心拍数がちょうどいい。このレベルの運動をランニングでやったら意外とキツくて30分しか持続できないと思うが、サイクリングはギヤの重さやペダル回転数を自分で調節してターゲット心拍数をコントロールできる。だから自転車がフィットネスには一番いいと言われているのである。

● コラムのインデックスページへ

マイヨジョーヌ物語…2019年はこの黄色いジャージの生誕百年

ツール・ド・フランスで個人総合1位選手が着用する黄色いリーダージャージがマイヨジョーヌだ。すべての自転車選手の憧れであり、たった1日でも手中にすれば世界中にその名が知れ渡る。晩年になっても「マイヨジョーヌを着た選手」として尊敬されるほどの名誉なもの。そんな栄光のジャージーが誕生して100年を迎える。

1836年7月29日、ナポレオンの命によって建設されたエトワール凱旋門が完成した日、英国のゲラント・トーマスが凱旋 © ASO

フランス語でマイヨ[maillot]はジャージ、ジョーヌ[jaune]は黄色という意味だ。ツール・ド・フランスはたった1枚しかないこのジャージを奪い合う戦いであり、マイヨジョーヌを着てパリ・シャンゼリゼに凱旋した選手が、その年の覇者ということになる。

ところでマイヨジョーヌは1903年の第1回大会から存在したわけではない。「集団のなかでも首位選手がすぐに見つけられるようにしてほしい」という取材陣の要望で、主催者が1919年に設定した。主催するスポーツ新聞のロト(現在のレキップ)の新聞紙の色が黄色だったことから、これがシンボルカラーとして採用された。

このマイヨジョーヌはこの大会においてはどんなジャージよりもプライオリティが高く、最優先で着用しなければならない。世界チャンピオンや各国ナショナルチャンピオンであっても、総合1位となったらマイヨジョーヌを着用する義務がある。

1977年に優勝したフランスのベルナール・テブネが獲得したマイヨジョーヌ
黄色はツール・ド・フランスのシンボルカラーだ

現在のツール・ド・フランスには4種類のリーダージャージが存在する。マイヨジョーヌ。ポイント賞のマイヨベール、山岳書のマイヨブランアポワルージュ、そして新人賞のマイヨブランだ。大会最多タイとなる5つのマイヨジョーヌを持っているベルナール・イノー(フランス)は「でもね、マイヨジョーヌ以外はアクセサリーだよ」とそれが特別の存在だと公言している。

各ステージのゴール後に行われる表彰式では個人総合成績の1位となった選手が登壇し、マイヨジョーヌにソデを通す。翌ステージにこのジャージーを着てスタート地点に現れ、レースを走るのが習わしだ。

タイムトライアル用のエアロスーツはルコック社が首位選手を採寸しながらオートクチュールする
現場にミシンを持ち込んでその場でマイヨジョーヌのワンピースを制作

ちなみにどんな体格の選手がリーダーになってもいいようにマイヨジョーヌは数サイズが用意されている。さらに全チームのロゴシートが用意され、表彰台横にスタンバイした専用車両のなかでアイロンプリントされる。チームの名前を胸に付けたマイヨジョーヌができあがり、1位選手が表彰台で着てみせる。さらには個人タイムトライアル用のワンピースジャージも存在する。

マイヨジョーヌを着用することはルールであり名誉なことだが、100年の歴史の中で1位選手がこれを拒否した例も何度かある。

2015年、マイヨジョーヌを守りながら鎖骨骨折によってリタイアを余儀なくされたトニー・マルティン

最近では2015年の第6ステージ。その日はトニー・マルティン(ドイツ)がマイヨジョーヌを着用し、大集団のまま難なく首位を守れる展開だった。ところが残り1kmで大落車が発生。マルティンは鎖骨骨折し、チームメートに励まされながら大きく遅れてゴールした。残り3kmを切ってからの不可避のアクシデントは、それまで位置していた選手らと同タイムでゴールしたとみなされるルールがあり、マルティンはマイヨジョーヌを守った。ただし翌日に走れる状態ではなかった。

翌日のスタート時にマルティンの不出走が決まると、前日までの総合2位クリストファー・フルーム(英国)が繰り上がりで首位となった。ところがフルームは「不運に見舞われたマルティンに敬意を表したい」とマイヨジョーヌの着用を拒否。ルール違反ではあったが主催者もこの考えを支持し、この日はマイヨジョーヌ不在のレースとなった。

誕生から100年。2019年はだれがゲットするのか?

沿道の市民がツール・ド・フランスを歓迎するときもマイヨジョーヌは象徴だ
表彰式でマイヨジョーヌ着用選手が掲げるLCL銀行のライオン。尻尾が取れかけていたのでお姉さんが針仕事
2018ツール・ド・フランス、マイヨジョーヌを死守したゲラント・トーマス © ASO

🇫🇷Tour de France 特集サイトへ
● コラムのインデックスページへ