2018ジロ・デ・イタリアは第101回大会の開幕に「ビッグスタート」というキャッチフレーズを掲げている。5月4日、イスラエルのエルサレムで開幕するという歴史的価値、そしてイタリアが育んできたこの自転車レースにこそふさわしいスタート地点であるということを世界中に強調するためだ。主要レースの中で初めて欧州を離れ、この3000年以上の歴史を持つ中東の著名都市から出発する。
その快挙は、イタリア自転車界の英雄の勇気ある行動があったからこそ実現したものである。
初日はエルサレム市内での個人タイムトライアル。距離は短いものの、だれがこの地で総合1位のマリアローザを獲得するのかを試すレースで、ハードでセンセーショナルな戦いになることは必至だ。有力選手のタイム差はそれほど開かないはずだが、市街地に設定されたコースはとても入り組んでいて、短いアップダウンながらもノコギリの歯のようなうねりが波状的に続く。一流のプロ選手ばかりでありながらも高度なライディングスキルが求められるやっかいなもので、細心の注意と正確なコース取りがタイムに影響してくる。
この第1ステージは「バルタリタッパ(バルタリ区間)」とも呼ばれる。イタリアのトスカーナが生んだ自転車選手、ジーノ・バルタリのことである。ジロ・デ・イタリアは1936、37、46年に総合優勝。ツール・ド・フランスは1938、48年に総合優勝。つまり第2次世界大戦による中断をはさんで活躍した大スターで、その中断がなければどれだけの勝ち星を量産したことかと想像したくなる。
そんなバルタリには強い信念に基づいた行動があった。イタリアがドイツに占領されていた時期、強制収容所で迫害されていたユダヤ人を解放するために必要な偽造文書の作成に協力したという。書類に添付する必要があった顔写真を自転車のフレームの中に隠し、トレーニングだと検問をかいくぐって偽造工場まで届けた。これらの人道支援は本人の口からは語られることなく、2000年に没してから家族が公表した事実だ。
バルタリの名前は1953年に設立された国際ホロコーストリメンバーセンターの庭園に、ユダヤ人迫害の悲劇に抵抗した人たちに並んで刻まれているという。
大会は23日後にキリスト教の象徴でもある都市、ローマに到着する。
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