自転車ロードレースの二大大会と言えば、5月のジロ・デ・イタリアと7月のツール・ド・フランスだ。「ジロ」と「ツール」という単語はどちらも「一周する」という意味で、23日間の日程でそれぞれの国をおおざっぱに一周するというレースなのだ。
秋のブエルタ・ア・エスパーニャを加えた23日間のステージレースは国際規定によって同じような形態に規格化される。近年のジロ・デ・イタリアはアイルランドやイスラエルなど、興行的に遠方を開幕地とすることから23日プラス1日の規格外で開催されるが、1区間のおおよその距離、2回の休日、出場チームと選手数などは基本的には横並び。2018年からは1チームの出場選手数が3大会とも1人減の8人編成となったのも国際規定の変更があってのものだ。
ただし成績に応じて与えられる国際ポイントは、世界最高峰と呼ばれるツール・ド・フランスだけが高く設定される。観客数もバカンス時期に開催されるツール・ド・フランスのほうが格段に多く、国際的な認知度も高いので大会そのものがとても華やか。だから日本で、ジロ・デ・イタリアは知らなくてもツール・ド・フランスを知っているという人が多いのだ。
それではジロ・デ・イタリアよりもツール・ド・フランスのほうがエラいのか? というと必ずしもそうではないようだ。実際に両者を現地で観戦した人に言わせると、「ジロ・デ・イタリアのほうがスゴいよね。あの盛り上がりはツール・ド・フランスにはないでしょ!」と興奮気味にまくし立てる。
ちょっと待ってくれ。冷静になって考えてみよう。
ジロ・デ・イタリアはここ十年こそ国際化されたものの、それまではイタリア国内イベントに過ぎなかった。つまりイタリア選手が過半数を占めていた。こうなるとさまざまな地域で育ったイタリア選手が大会に参加する。いわばかつての日本の甲子園のように、地元出身の選手を応援するファンばかりが現地に駆けつけるのだ。身内として熱が入るのは当然だ。
イタリアの面白い国民的気質あるいは慣習として、沿道には年季の入った男性ばかりが集まった。「オンナコドモは家に置いてくる」のがイタリア流なのだった。優勝を争っていたりなんかしたら、レース通のオヤジがライバル選手に罵声を浴びせるなんて当たり前だった。
一方のツール・ド・フランス。国際イベントだけに選手も観客も世界中から集まってくる。世界各国から選び抜かれたスター選手がお目当てだ。季節は優雅な夏休みで、リラックスした気分で前日から沿道に陣取り、家族全員でアウトドアを楽しむ。だからツール・ド・フランスはお祭り気分。スター選手にわけへだてなく「頑張れ」と声援するのがフランス流、いやツール・ド・フランス流だ。
ボクがフランス系だからといってツール・ド・フランスの肩を持つ気はないが、二大大会を見る人たちに明らかな温度差があることは事実だ。もちろんどちらが過酷かと言えば山岳の要素が多いジロ・デ・イタリアに軍配が上がる。ジロ・デ・イタリア主催者も近年はツール・ド・フランスをまねて一生懸命にショーアップを図っている。それぞれの国民性や歩んできた歴史を知ればさらに興味深い事実を知ることができるかもしれない。ジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスに興味を持つことで、米国情報に寡占されがちな日本人でも欧州文化を理解することができるはず。
コメントを投稿するにはログインしてください。