【東京マラソン挑戦記】記録更新ならずも手にしたかけがえのないもの

2019年3月3日の東京マラソンに参加しました。8年ぶりとなる当選通知を受け取って以来、5カ月にわたって自己ベストの更新を目指して練習を重ね、その過程で心身それぞれ壁に突き当たりました。あいにくの冷たい雨でペースが上がらず、記録としてはヘコみましたが、思い出とともにかけがえのないものを手に入れることができました。

ゴール手前の丸の内仲通りはまるで花道だ。東京駅前を左折するとゴールへ

出るんだったら自分なりにチャレンジしたい!

抽選倍率12倍超という人気フルマラソン大会。「当たらないよなあ」と軽いノリで初めて申し込んだ2011年にビギナーズラックでいきなりの当選。意気込みなどあまり持ち合わせていなかった1回目の出場だったが、銀座通りなどの大都会を走ったのだから興奮しっぱなし。直前に大学受験に合格した長女も応援に来てくれて、本当に夢のような42.195kmだった。東日本大震災が発生したのはそれからちょっと経ってからだった。

再びあの夢のような体験を満喫したい。出るんだったら今度は真剣に練習してスタートラインに立ちたい。ところがラッキーは続かない。毎年欠かさずエントリー応募するものの落選。ようやく当選のメールが舞い込んだのは2018年9月25日。2019年に開催される大会への参加が認められたのです。ちなみにfacebookのお友だちの多くが「今回も落選した!」とツイートしたのは同日午前中。まずは落選した方々にメールが配信され、当選者には13時に一斉メール配信された感じです。

東京マラソンを走れるなんて、倍率から仮定すると12年に一度です。ボクの場合、次にチャンスがやってくるときは68歳になっている。いくらなんでも速く走る自信はない。だっから今回、しっかりとした目標を設定して、それがクリアできるかは別問題として、充実した日々を送ることができたらそれはそれで素晴らしいのではないか? その過程において地道に身体を動かし続けることで、健康増進あるいは健康維持ができたのなら、スタート地点に経った時点で「勝利者」なのではないか? そんなもくろみがあったのです。

5カ月に及ぶ東京マラソンに向けての練習を下支えしてくれたのは光学式心拍計つきのGPSデバイスです。こちらの主な効能は別コラムに掲載しているのでご参考までに。

東京マラソンで着用したものと手荷物。天候がどうなっても対応できるように用意した

今回の目標として掲げたのは、30年前に記録したマラソン自己ベスト更新。日刊スポーツが主催していた河口湖マラソンのタイムでした。ところが記録証なんて残っていないので、ベストタイムは記憶でしかないんです。あのときは35kmまでサブスリーのペースで行って、完全に脚が止まってからはフィニッシュまで歩いたという、おぼろげなもの。

それでは明確な動機付けにならないからと、当時使っていたスケジュール帳を引っぱり出してみると、ありました。手書きで「3時間52分56秒」と。記憶のなかでは3時間40分だったんですが、長い年月の間にタイムがいいほうこうにさば読みしていたようです。じつは人間って都合よくできているんです。

毎年参加しているハーフマラソンのタイムをあとちょっと短縮すれば、目標に届く。そのギリギリ感がチャレンジしてみようという動機に。それからはまずトレーニング計画の作成。インターネットでフルマラソン参戦のために、自分なりのレベルではどうしたらいいかを調べました。結果として「準備期」「改善期」「鍛錬期」「調整期」という4期に分けたトレーニングを始めました。

ウエアはアディダス、GPSデバイスにガーミン、アイウエアはオークリー

カラダじゃなくて心が最初に挫折した!

光学式心拍計つきのGPSデバイスにはさまざまな機能が搭載されていますが、例えば「VO2 Max」が簡単に計算できるのは、有酸素運動を継続する際にかなり有効です。スポーツ研究機関での正式な「VO2 Max」計測は、被験者をベルト台の上で走らせ、掃除機の管みたいなものを口につけて吸気と呼気を測定するんですが、最新の光学式心拍計は身につけているだけでよく、取得データを解析して簡易表示してくれます。その数値をもとにマラソンの予測タイムが算出されて、これがアテにならないけどモチベーションにはなります。

ボクの練習メニュー消化はまずまず。ランナーがたびたびかかえる膝関節のケガもまったく発症することなく、順調に走り込み計画を遂行していきました。ところが誤算が。最新の光学式心拍計つきのGPSデバイスも、さすがに心の弱さまでデータ解析してくれません。身体の筋肉も腱も元気でしたが、じつは精神的にストップ信号が発令されてしまいました。

「心身ともに健康」というけど、精神面から不具合が生じました。最大心拍数は220マイナス年齢なんですが、練習で強度を徐々に高めていくうちに軽く164を超えてしまい、「これ以上上がると死ぬから!」という信号が脳から発信されてパニックに。東京マラソンに向けて肉体的には若い世代並みの数値が出ているのに、目標を下方修正するしかありません。

その症状が本業である原稿執筆時にも発症するように。一番軽い向精神薬で治るので薬剤師の長女からは「薬はうまく使えばいいよ」と言われましたが、基本的にもっと気楽にやらないとダメだと感じました。肉体は1km4分30秒で刻めるのに、クスリに頼ることに自問自答してしまい、自分で自分を追い込んでしまう悪循環。

新宿駅南口から指定されたゲートへ。すぐに雨が降り出し、撮影するゆとりもなくなったのでこんな1枚しか撮っていません

若いころの記録や邪念を捨てることも必要

20年以上もひとりで仕事をしてきた人や、きちょうめんな人がなりやすいようですが、もはやそれは回避できないので、考え方を変えてみることに。この際若いころの自己ベスト更新なんてターゲットは捨てよう。もっと気楽になって、練習も大会も楽しもうではないですかっ。東京マラソンに出場する目的の第一は健康維持なのですから。もうひとつ、モテたいという気持ちも邪念となります。

こうして大会の3カ月前となる12月は精神的不安でハイペースの走りができなかったんですが、この時期にやめることなく心拍数を抑えて長い距離を走ることに切り替えたのがよかったみたいです。次第に復調していくと同時に、地道な走り込みが功を奏したのか、トレーニング中に10kmとハーフのベストまで記録。時間があまり取れなかった日は高強度トレーニングとして走ってみると、1kmと1マイルと5kmの記録を一気に塗り替えました。

走り込みの時期となる2カ月前の1月は、2日に1回はハーフを走り、月間走行距離は300kmに。それでも膝に痛みはありません。2月は海外出張などがあったので、そのまま調整期として練習量を抑えることもできました。

東海道線の通勤時に毎日見ていた柏尾川沿いが練習コース。このルートは歩行者と自転車が植栽で分離されているのでターゲット心拍に集中して走れます。走り込みで脚に相当疲労がたまっているときはロードバイク。ランの時はスマホを持っていないので、練習コースを撮影しておきました。すでに思い出深いコースです。歳をとって歩けなくなったら車椅子で連れてきてもらおうかな。

Garminで取得した走行コース。これだけ軌跡が揺れ動いているのは初めてだ
体温を維持するために心臓が頑張ってくれました。最大心拍187はなにかの間違いでは?

そして2つ目の壁が出現。疲労骨折目前

そう簡単でないのがフルマラソン。走り込み期間に高校生のころの体重まで落ちてしまい、実走距離20kmを超えるとクラクラするようになりました。減量が目的ではないので、しっかりと食べてスタミナをつけないと、と食事に気を遣うようにしました。一般的なダイエットとしてみると「低強度で長時間」と「高強度で短時間」と「筋トレ」をバランスよくやれば体重はみごとに落ちますね。

追い打ちをかけるように海外出張で右足に痛みが発生。取材先は真冬の米国ボストンで、あの有名な野球場「フェンウェイパーク」の北側がボストンマラソンの40km地点。ゴールまで2.195km走ってみようかなと、ジョギングウエアでホテルを飛び出したのですが、その日の最高気温はマイナス2度で、強風が吹き荒れていました。そのときに冷えたのか、帰国後に足に痛みが発症。

フルマラソンまであと1カ月を切っていました。まる4日間休んでなんとか痛みもなく短い距離が走れるようにはなりましたが、体重が60kgに落ちました。体脂肪率は高くなったので筋量が落ちちゃったみたいです。わずか数日で。

ところが痛みはなかなか取れず、心配になったのでスポーツ整形外科へ。レントゲンを撮って診察してもらうと、疲労骨折ではないとのことでしたが、過度なトレーニングで中足骨が損傷したようです。

数日後には治ったように思えました。いやちょっと腫れてるかな。でも痛みがなくなったので、それだけでうれしい。用心してもう1日走るのはやめておき、体育館で身体をほぐしてリラックスするなどで動きが鈍くなるのを回避していきます。

肥満だったボクが56歳にして標準体型に。身体の調子もすこぶるいいです

いやはやフルマラソン、ひとすじなわでは

東京マラソンまで1週間を切ってからは完全に調整のみ。お世話になった柏尾川沿いに感謝を込めて、疲れをためずにケガを悪化させないように、止まるようなペースで16km走り納めしてきました。それでも1年前に一生懸命走ったペースより速いんですよね。練習ってやれば強くなるんだなとこの歳で知りました。

それにしても、さすがにフルマラソン、ひとすじなわではいかず。5カ月の練習時期に心身それぞれ壁に突き当たりましたが、なんとかそれを乗り越えてベストな状態でスタートラインに立つことができました。サポートしてくれた家族に感謝しながら走りました。冷たい雨の中…。

大会史上最悪の気象状況だったかも知れませんが、それなりに楽しんでいました。条件がシビアだったので30年前の自己ベストは頭から消えていて、それでも8年前の記録を40分更新しました。ランナーは走っていたら寒さは感じないんですが、数時間も冷たい雨の中でサポートしてくれたボランティアさんや、アプリの位置情報をチェックしながら沿道で待ってくれた長女や次女や友だちに感謝のしようがありません。

一定レベル以上のGPSデバイスは都心部のビル群に影響しないように日本の準天頂衛星みちびきを駆使するんですが、東京マラソンの軌跡がかなり揺れ動いて記録され、スタートからゴールまでの距離が45.17kmに。

一瞬、距離表示間違ってんじゃないの? と思いましたが、GPSの乱調が誤差の原因だと思います。普段は上空がひらけた郊外でランやサイクリングをしているのでこんな現象はないんですが、都心部を走っているみなさんはこんな感じなんでしょうかね?

心拍数には関しては、体温維持のために身体がフル回転で頑張ってくれたのか、一般的な計算上のボクの最大心拍前後で推移していました。これでは脳から「ペースを抑えろ」という信号が出されるのでいいタイムが出ませんね。折れ線グラフで心拍数がガクッと落ちているところはトイレです。もう寒くて…。 日本記録保持者の大迫傑選手も低体温症でリタイアするほど。その気持ちがよーくわかりました。次に出場するのはおそらく12年後。また当選したときのために年齢なりに地道に走り続けていたいと思いました。ゆるーく健康維持を果たしていることが氷雨のフルマラソンで手に入れたものでした。

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