出版社の会社員として10年、フリーライターとして10年、そして会社を持つようになって10年。自転車に関わるさまざまな取材をして原稿を書くという仕事内容は30年間変わっていないが、雇用体系というか自分の置かれる立場としては三者三様を体験した。そして2018年になって新たなフェーズに。都心部のシゴト場を手放し、自宅から歩いていけるシェアオフィスを借りることにしたのである。
自転車雑誌サイクルスポーツ編集部を退職して、フリーになったのが20年前だ。税務上ではいわゆる個人事業主という分類で、仕事をするところは主に自宅。その都度の原稿依頼先のオフィスに出向いてフリー席を使わせてもらうこともあった。これはこれでいいのだが、ある程度の年月を経て弟子を持つようになると、やはり雇用形態はきちんとしなければならないので、それがきっかけで「法人成り」。いわゆる法人化して、社会保障制度も整える必要があった。
会社組織にして社員を雇用したとなると、次に必要なのが都心部の活動拠点だ。フリーライター時代に自転車ウェブサイトの事業者がオフィスとして提供してくれた麻布十番がオシャレでイメージもよくて、「新会社なら麻布十番だな」と物件などを探し回ったが、冷静に考えると通勤は不便。仕事先となる新聞社や出版社に行くのも不便。イメージや体裁は切り捨てるべきだと感じた。
アフターファイブの楽しみを最優先してはいけないと、選び直したのが中央区銀座だ。ここなら歩いて数分で古巣の自転車雑誌編集部があり、目の前にスポーツ系雑誌を発行する大手出版社があり、10分歩けばマスメディアの頂点に君臨する全国紙・スポーツ新聞社がある。運よく絶好の場所に「銀座最大級のマンション」が竣工し、一度は「法人とは賃貸契約しません」とはねつけられたが、そこをなんとかお願いして入居となった。
会社設立直後の戦略としては、どうしても銀座アドレスが必要だったのだ。すでに自転車業界で20年をこなしていたので、ありがたいことに多くの関係者とは顔なじみだったものの、会社経営となると「どこのモノ」とも思われない。それを打破するためには「東京都中央区銀座」の住所で少しでも信頼を得る必要があって、名刺にも見積書にもそれを印刷することが最重要だった。
でもそれ、10年前の話です。法人化直後はやはり「銀座アドレス」の威力は絶大で、「ちょっと高めの見積もり」が通りやすかったような錯覚がした。そうこうしているうちに、若くてかわいい弟子も新しい幸せをつかんで円満に旅立っていく。こうなると銀座まで往復3時間と1カ月定期2万円超をかけて通勤する必要があるのかと疑念を抱くようになった。
10年目とは明らかに社会が変わっているのである。会社がどこにあるのかではなく、「安価で確実に、しかも手間をかけずにシゴトしてくれる人」がもてはやされる。通信環境の劇的進化も後押しする。かつて納品は写真も原稿も手渡しだった。写真納品は10年前ならCDやDVDの手渡しあるいは発送。それがあっという間にネットによるストレージ。原稿はその場でメール送稿。
東京にオフィスを持たなくても立派なライター業がつとまる環境が整えられたのだと思う。ということで銀座オフィスを引き払い、自宅から歩いていける鎌倉駅近くのシェアオフィスでシゴトすることにした。年間で300万円の経費削減だ。もちろん、たまに都心部に向かい、シゴトの発注先と会って言葉を交わすということの大切さもまた認識できた。
でも今は満員電車から解放され、これまで費やしていた満員電車の3時間を自由に使うことができるように。年齢とともに、時代の変革とともに働き方を変える。インターネットの普及によって(人間的なつながりは大切な部分ではあるが)働き方もその場所もいろいろな選択肢が選べるようになり、それに気づいた人たちが今シェアオフィスなどに移行し始めている。みなさんもうまい落としどころが見つかるといいですね。
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