一番ツラかった取材は中国奥地、長寿の村を訪ねたこと

真夏のフランスを駆け抜けるツール・ド・フランス。国内外のサイクリング実走…。30年間でさまざまな巣材を体験してきたが、思い出深いのは中国雲南省。もうラオス国境にも近い村に健康の源とされるだったん蕎麦(そば)を食べに行ったことだ。

だったん蕎麦の葉を摘む女のコ

だったん蕎麦を主食とする中国雲南省の少数民族・イ族の村。北京から空路で3時間15分かけて雲南省の昆明へ。ここから未舗装の悪路を含む3時間の道のりで瀘西という町へ。訪れるイ族の村はさらに1時間半も奥地にある。すでに標高は2000mを超え、クルマから見える農地には蕎麦・とうもろこし・タバコくらいしか見当たらない。

「標高が高いので、そのくらいしか栽培できないのです。今は物資も豊富に入ってくるようになりましたが、昔のイ族は蕎麦を主食としていた。毎日蕎麦料理です」。雲南民族博物館の起国慶副館長はこう説明してくれた。

小さい子どもたちも生活を助ける

だったん蕎麦を栽培して自給自足の生活を営むイ族は、中国の研究機関の調査で、「高血圧や糖尿病の発生率が低く、健康で長寿」とされている。だったら生活習慣病に悩む現代日本人にとって、イ族の食生活を見ることで健康への糸口が見つけられるのではないだろうか。

実のところ少数民族のイ族といっても、中国全土に600万人、雲南省には500万人もいる。そのため現在でも蕎麦を主食とした生活を送っているのは、山間部の集落に暮らす人たちだけだ。そこで瀘西からさらに奥地に入った小直色村を訪れた。

雲南省の昆明から未舗装路を延々と南下する
ほとんどの家庭は電気や水道はない生活をひっそりと続ける

154戸、600人のこの集落は、赤茶けたレンガ作りの家々が並ぶ。天安門事件までは他地域との交流もほとんどなく、古くからの生活習慣を守り抜いてきた集落だ。あでやかな民族衣装で着飾った10代の女性たちが訪問を歓迎してくれた。村の男性は、身長こそそれほどではないが、鼻が高く彫りの深い顔が特徴だ。褐色の肌は農作業で鍛え抜かれ、みな一流アスリートのようだ。

話を聞いてみると、彼らの祖父や祖母はほとんど70代前半で、長寿大国日本と比べれば驚く数値ではない。しかし70歳を超えても元気に牛追いをする姿もあり、健康的な生活を過ごしていることがうかがえる。

警戒しながら訪問者に視線を向ける男の子
瀘西からさらに奥地に入った小直色村

若葉の摘み取りは女性の仕事だ。自らの手で刺繍を施した鮮やかな衣装を着て、ていねいに1枚1枚葉を摘み取っていく。子供のころからそれが家の手伝いとなる。

夜になるとだったん蕎麦の葉を炒めたもの、豚やヤギの肉を煮込んだ素朴な料理でもてなしてくれた。アルコール度数の高い蕎麦酒も振る舞われ、このあたりのしきたりとして10代の彼女たちも「乾杯」の発声のたびに器を空にしていった。

山間部の集落に暮らす人たち

撮影した画像をあとから確認すると電線が映っていたが、夜になって電気による明かりが灯っていたのは役場などわずかな建物だったと記憶している。民家は真っ暗な中庭でロウソクの明るさを頼りに車座になって夕食をしていた。子どもたちが野菜や干し草の運搬をしたり、水たまりで選択している姿が強烈に印象に残っていた。

水場で衣類を手洗いする

すっかり暗くなるとボクたちを歓迎してたいまつ祭りが繰り広げられた。煮て焼いて食べられても不思議ではなかったので、他の取材記者と相談してお礼の歌として「春の小川」を緊張しながらうたった。

20年前の夢物語。40歳になる直前で、まだ体力的な不安もなかったころである。あんな経験は二度とできないと思うし、精神的につとまらないと思うが、でも取材の依頼があったらまた行ってみたい気もする。

自給自足の生活を続ける村人
小直色村の子どもたち

いつまでも若々しくいられる素朴料理

だったん蕎麦を使ったイ族の料理はどれもシンプルだ。日本のように細い麺にして食べることはほとんどない。蕎麦の持つ健康パワーを生かすように、手軽に作れる日常食から、もてなしのための料理まである。

真っ暗な中庭で幸せな晩さん(ストロボ撮影)

●だったん蕎麦の葉の炒めもの
大量の若葉をゆでたあとに油で炒めながら辛めの味つけをする。食欲が落ちる高地なので唐辛子や香草などで食欲を高める狙いがある。

だったん蕎麦の葉の炒めもの。市場価値のない葉の部分を家庭料理の材料としている

●パンケーキ
だったん蕎麦を使った料理の定番で、主食でもある。水で溶いた蕎麦粉を、油をひいた中華鍋で焼く。ハチミツをつけて食べるとおいしい。

蕎麦粉のパンケーキはこのあたりの主食である

●おぼろめし
イ族のもてなし料理で、米と蕎麦玉を混ぜ合わせたもので、調理には手間がかかる。山間部では米が貴重だったため、おなかを満たすために考えられたものかもしれない。

米と蕎麦玉を混ぜ合わせた、おもてなし料理

●蒸しケーキ
蕎麦粉に砂糖水などを加えて蒸し上げたもの。だったん蕎麦の特色でもある見事な黄色をしている。これにハチミツか辛めのタレをつけて食べる。

円卓中央にあるのが蕎麦粉の蒸しケーキ

●蕎麦酒
アルコール度数の高い醗酵酒で、酒席の乾杯には欠かせない。「血圧を下げ、血液がサラサラになる」と雲南・瀘西県蘭益醸造有限公司の馬文波書記。会社は年間売り上げ約3億円で、この地域では電力、タバコ会社に次ぐ企業だという。

そこにしかないシーンがたくさんあった

昆明から東に1時間ほどのところにある石林風景区は、奇峰が林立する人気観光スポット。イ族の若い女性たちが案内してくれる。中国には人口の92%を占める漢民族と、それ以外の少数民族がいる。雲南省は少数民族が多い地域で、それぞれの文化や伝統を守りながら生活している。刺繍を施したきれいな民族衣装に目を見張るばかりだ。

石林風景区で伝統衣装を着るイ族の女性たち
古い集落がギッシリと立ち並ぶ

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