ツール・ド・フランスで区間通算14勝を挙げた元自転車選手で、2019年の引退後も日本で高い人気を誇るドイツのマルセル・キッテルが、さいたま市立浦和中学校で教壇に立った。2023年11月2日、日本の中学校生徒を前に、自転車のプロ選手になるという夢を実現させたキーワードを語った。
わずか1時間の授業で全校240人の生徒が自転車ファンに
ツール・ド・フランスさいたまクリテリウムに参加する選手や関係者が地元中学で授業をするのは3回目。2019年10月24日にさいたま市立大宮国際中等教育学校を訪れたクリストファー・フルーム(英国、当時イネオス)が最初。2022年は同校でキッテルが先生になった。
今回の学校訪問は、大会に出場する海外選手や関係者との交流を通じて、生徒に海外の自転車文化に関心を持ってもらうことを目的として大会主催者が企画したもの。
キッテルはその高い人気ぶりと人格から、11月5日に開催されるツール・ド・フランスさいたまのアンバサダーを務めていて、日本の中学生に自転車ロードレースの魅力を語ってもらうには最もふさわしい人材だった。
ツール・ド・フランスを主催するA.S.O.(Amaury Sport Organisation)の代表者アルチュール・アッゾリーニ氏とともに、ツール・ド・フランスを語る夢授業「さいたまクリテリウムDREAM TEACHER」として教壇に立った。この日は全校生徒240人が授業に参加した。
毎年開催されるスポーツイベントとしては世界最大のツール・ド・フランス。その最高峰のレースでステージ優勝を14回も勝ち取るには世界屈指のスプリント力とパワーが必要だ。日本食はトンカツが大好きと打ち明けるキッテルだが、ライバルを圧倒する爆発力を鍛え上げるには並々ならぬ努力があった。
緊張したときはまず落ち着くこと。困難だってエンジョイする
「3週間にわたって厳しい山岳を上ったり降りたりする。それを耐え抜いた選手が最後に到達するのが(これまでは)パリ・シャンゼリゼだ。感慨深いものがあるよね。選手一人ひとりが特別の思いを胸に秘めてフィナーレする。それがツール・ド・フランスなんだ」
コンマ1秒を争うスプリント勝負。接触して大怪我する可能性も極めて高い。キッテルであっても緊張するはずだ。それをどう克服しているのだろうか? 世界のトップレベルでの戦いをしのいできた選手だけに、その回答は日本の中学生にとってどんな困難に遭遇したときも光明を見出す糸口となる。
「緊張したときはまず落ち着くこと。困難だってエンジョイする思考回路が活路を見出す。すべてをポジティブに考えること」
ロードレースを始めたのは12歳の時だった。最初は「退屈でいやだなあ」と感じることもあったという。それでも友だちと一緒に走っているうちに楽しさがある部分を見つけ出した。一つひとつの挙動にロードレースならではの美しさも発見した」
キッテルの父はプロにはなれなかったもののアマチュア選手として一生懸命走っていた。息子が強くなるためにトレーニングを教えたり、各地のレースに連れて行ってくれた。
夢を一緒に目指した同級生は今でも一番の友だち
中学生の頃は週に4〜5日が練習。練習時間は1日あたり2〜4時間半あったので、週にすると16時間から25時間。週末はレース参戦だったので、スケジュールとしてはいっぱいだった。普通の学校に通うことはできず、14歳で全寮制の特別な教育システムに身を投じた。
そこで出会った友だちたちとさらなるジャンプアップを図った。「いい時間が持てた。そんな学生時代は一番記憶に残っている」と今でも当時の経験が成功の礎になったと感じている。
成績を徐々に修めていくうちに高みを目指して転校する。そこで強い友だちとの出会いがある。今でも付き合いが絶えない最良の仲間たちだという。
ツール・ド・フランスで勝てたのは夢を追いかけていたから
「常に夢を持って頑張っていこうと考えていた。いつかツール・ド・フランスに出場したい。そんなことは夢物語で、実現できないだろうなとおぼろげながら感じていたこともある。でも夢はあきらめたら終わり。まずその日の練習にフォーカスするべきだ」
キッテルは21歳でプロになった。次の目標はモチベーションを保つことだ。途切れたらツール・ド・フランス出場もステージ優勝も夢と消える。5〜10年先の目標に近づける努力を始める。好きで選択した自転車レースという仕事で、夢を叶えるためには必死になるしかない。そんな信念が他選手にはなくて、キッテルにはあった。
「夢だったプロ選手生活が仕事になってしまったので、日々のルーティーンをこなすことが求められた。それは大変なことだった。すべてのことがチャレンジだった。でもそんな経験があるから、アスリートとしてだけでなく人間としても成長できたんだなと思う」
ツール・ド・フランスの上りはやっぱり地獄だよ!
「世界中のレースを転戦できるのはとても楽しい。美しいシーンも目撃できる。アルプスは美しいけど地獄だよね。自転車のプロになったから大好きな日本にも何回も来ることができた。こうして日本でボクの話を聞いてくれる中学生にとって、そのあとに困難な時期が必ず来るはずだけど、頑張ってほしい。人生を楽しんでほしい」
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