【Blog】ツール・ド・フランスもマラソンも選手と同じ感慨を共有したい

2000年代中ごろに香港マラソンの取材に3回ほど行きましたが、インパクトありすぎで鮮明な記憶として残っています。そのうち1回はシマノ社員向けの社史を小説風に書き上げた翌日、香港に渡ってそこで倒れました! 取材した方々がみな「いい本にしてください!」って口にするので、相当なプレッシャーがあったことと、現地ホテルの部屋に窓がなかったという不運が重なりましたw あのときはパニック障害で「もう日本に帰れないかも」と覚悟したほどです。

香港マラソンで10km部門を走ってから取材

現城西大監督の櫛部静二さんとも1週間ご一緒したことも。香港マラソンはスタートが九龍半島で、参加者は海底トンネルを走ってゴールの香港島に渡りますが、ボクは朝イチで九龍10kmラン部門を走ってから地下鉄で香港島に行った記憶が。というわけで自分が走ったあとでマラソン取材するのはこの時からです。

東京マラソンも2023年は走ってから記者証を首にかけて取材者に転身。この年はスタート地からゴールまでの荷物移送をエントリーフィー支払いと同時に申し込まないといけなくて、それをしなかったので新宿から東京まで荷物を運んでもらえず。しかたなくその日の朝一番で東京駅地下のコインロッカーに取材者証と着替えを入れに行き、それから新宿のスタートに行って、フルマラソンを終えてからロッカーに直行しました。

トップ選手と同じ空気感を共有したい

というわけで2026年もフルマラソン参加者であるとともに、ゴール後は記者に。今回はちゃんと荷物移送を申し込んでいます(参加費を提携クレジットカードで支払うと移送費が無料に!)。あとはゴール後に荷物を受け取って記者証を取り出すだけです。

選手と同じコースを走った直後に、優勝者や活躍した選手からコメントを聞くって、これほどワクワクすることってないと思います。レベルの違いこそあれ、ウイナーやトップアスリートと同じ空気感が共有できる。ツール・ド・フランスでボクが全日程の取材にこだわっているのも、最終ゴールのパリ・シャンゼリゼに到達した選手たちの感慨を同じ物差しで測りたいからなのです。

1月22日、東京マラソンのエリート選手が発表されました。キプラガト、大迫傑、鈴木健吾、太田蒼生、ヴィンセント、引退レースの細田あい。早めにゴールしないとインタビュー時間に間に合わないのでドキドキです。というかいまから楽しみで仕方ありません。参加者4万人のなかでもこのイベントを一番いい感じで利用しているかも。

【Blog】ツール・ド・フランスが島国で開幕すると大変…2027年は英国へ

2027ツール・ド・フランスの最初の3区間のコースが発表されました。スコットランド、イングランド、ウェールズ縦走。うわあ、1998アイルランド、2007ロンドン、2014リーズと本当に大変だった記憶がよみがえりますが、湖水地方に行くんですね。小学生時代に図書館でアーサー・ランサムの児童書に夢中になったボクにとっては、行きたいかも! 湖水地方に前入りして1週間くらい滞在したいです。

2014ツール・ド・フランス第1ステージ、新人賞のサガンが英国ロイヤルファミリーと謁見

ツール・ド・フランスが島国で開幕すると大変

ツール・ド・フランスが島国で開幕すると大変です。3日間を過ごした後、いったん荷物を取りまとめてフランスに移動するんですから。フランスなら免税で買ったクルマはシャルル・ド・ゴールでピックアップも返納も。陸続きのイタリアやスペインだってそっち方面の町に陸送してもらえればなんとかなるのに。

ロンドンのタワーブリッジをツール・ド・フランスが通過する
2027ツール・ド・フランスの最初の3ステージ

2014年のときはユーロスターが英仏海峡トンネルのど真ん中で停電になり、真っ暗でしたw 2007年は1ユーロ170円で、地下鉄の初乗りが2000円、マックのハッピーセットが2500円。その円安を現段階で超えているので恐ろしいことに。

ロンドンでツール・ド・フランスに先駆けて一般参加サイクリングが行なわれた
ロンドンにツール・ド・フランスがやってきた

それでもいい思い出がたくさんあります。ロンドンのプレスセンターはなんとウエストミンスター寺院。パイプオルガンを見ながら原稿を書いていました! 英国風のシャトーホテルや食事もワクワクしました。行きたくないけど、ちょっと行きたい。2027年…、ツバメよ、ボクはどうするんでしょうか。

英国ではリッチなシャトーホテルに安価で宿泊
ウエストミンスター寺院がプレスセンターになった

【Blog】冬こそ快適な鎌倉トレイル…祇園山・ハイランド・天園経由で距離12.37km、獲得標高470m

神奈川県鎌倉市は冬でも温暖な気候で、駅から歩いて行けるところにハイキングコースの入口があって、そこから縦横無尽にトレイルルートがはりめぐらされている。もともとクマは生息していないが、昆虫や下草がない冬場はベストシーズン。冷たい風がシャットアウトされた里山の中は汗をかくくらいに気持ちいい。

最初の祇園山が意外とアップダウンがあって手ごわい

歩いたことのないルートに出会ってみたい

鎌倉トレイルを始めたのは筆者が大船にやってきた40年前。当初からもちろんハイカーの気配を感じたら停止して走るのをやめたりしていましたが、いまでは100パーセント散策ウォークです。東日本大震災でみんな不安なとき、「鎌倉トレイル歩いて、ゴールしたらワイワイやろう」とお友だちを誘ったのが始まりです。

祇園山見晴台は鎌倉駅から歩いていける

下草が枯れた道に、落葉により太陽光が明るく届く。スズメバチやマムシにも遭遇しないこの時期に歩きます。これまでは天空のカフェ、稲村ケ崎温泉、江ノ島などを目指しましたが、今回は初めての逆ルート。

実は「歩いたことのないルートを行きたい」という要望があって、これまで回避していた難所を採用しました。どのくらい時間がかかるかわからないので、平日昼飲みのディープなかいわいにゴールするように鎌倉スタート〜大船ゴールを採用しました。

祇園山ハイキングコースを降りると八雲神社の裏手に出る

設定したルートは鎌倉駅を出発して、すぐ近くの祇園山に上り、大町から衣張山を越えて十二所へ下山。ここから谷を行くルートを取って天園。ここからは定番ハイキングコースで今泉台に行き、さらに鎌倉湖から横浜市境の尾根道をロープで上って大船へ。そんなコースを作ってみて、「これはさすがに大変かな」と横浜市境の部分をカットして、ラスト5kmからバスにも乗れるように変更しました。

Googleストリートビューでまさかの抜け道発見!

事前に下見をしてみました。でもやはり難易度は高いままでした。ほとんどの観光客は祇園山のアップダウンで大満足なのに、それからさらに2つの山に上らないといけない。難所の祇園山をパスできないかなとGoogleマップやハイカーさんたちのブログを検索していくと、大町からハイランドに抜ける階段があるようで、なんとGoogleストリートビューに表示されていましたが、クルマではなく帽子にカメラつけて階段を登ってる!

浄妙寺の鎌倉ハイランドにある富士見百景

こうして修正したルートは約10km。消費カロリーは910kcalで、基礎代謝を含めると2,500kcalになります。途中の栄養補給が必要ですが、鎌倉のトレイルにしては珍しく2.5km地点と5.5km地点にコンビニがあります。ちなみにトイレはコンビニ以外に8km地点のゴルフ場脇と10.5km地点、バス停からちょっと離れたところにもあります。

全国的に大荒れでもこのエリアは絶好の日和

「のんびり歩けば無難に走破できますが、せっかくなのでトレーニングしておいてください」と言っておいた参加者が当日は10人。全国的には冬型の気圧配置で大荒れでしたが、鎌倉あたりは晴れ、気温15度。1カ月以上もまとまった雨がなかったので路面も乾いていて絶好。風速10mの南風がきつかったのですが、山に入ってしまうと無風でアウターを脱がないと汗をかくほどでした。

十二所(じゅうにそ)から瑞泉寺や天園に向かうルートは倒木のため迂回を余儀なくされた

ミスコースの確率が50%なら素直に撤退

唯一の誤算は十二所から天園に向かうトレイル入口が倒木によって通行止めの看板が設置されていたこと。仕方なしに15年ほど前の記憶をたどって番場ヶ谷、吉沢川遡行コースを使って天園ハイキングコースに接続しようと進んだのですが。実はこのルート、過去に2度侵入したことがあって、一度は道を失って谷間で断念した経験が。友だち9人を連れて無駄な動きはできないので、一路撤退。

明王院の裏からのルートに戻ろうと下っていたら、親切なことに迂回ルートの指示があり、さらに心配なので近所の方にお聞きして天園までのルートを確保することができました。翌日に調べてみたら撤退したルートも、間違わなければ丸太橋などを渡って抜けられるみたいでした。

天園ハイキングコースの大平山が今回のピーク

距離12.37km(大町6丁目でも一度ミスコースしました)、獲得標高470m、所要時間は4時間10分。最後は路線バス旅で大船へ。楽しい冬が共有できました!

高低差の3つのピークは祇園山、ハイランド、天園
天園の十字路あたり。ここから横浜や紅葉の名所獅子舞にも行ける

【Blog】2026年はモネ没後100年…名画を描いた場所を自転車で訪ねてみよう

2026年は印象派の巨匠クロード・モネの没後100年。オルセー美術館から名作が日本にやってきてモネ展も開催されます。モネの名前はよく聞きますが、どんな人なのかに興味があってフランスから日本にやって来た関係者に話を聞きに行きました。

ヴァルーズ・ド・ヴォコットの絵画ワークショップ。ヴァルーズとは白亜の断崖から海へ落ちる谷状の地形 ©Marie-Anaïs Thierry
ル・アーヴル、アンドレ・マルロー近代美術館、クロード・モネ≪フェカン、海辺≫ ©Marie-Anaïs Thierry

モネが描いた原風景はノルマンディーとパリで会える

印象派を最も象徴する画家であるモネが生まれ育ち、暮らし、創作活動を行ったのはノルマンディーとパリです。《睡蓮》や《ルーアン大聖堂》の連作、《ひなげし》、印象派の名の由来となった《印象・日の出》はパリからノルマンディー海岸へと続くモネに着想を与えた風景、そして刻々と変化する光や空気感と切っても切れない関係にあります。

画家でありながら園芸家、美食家であった、規格外の芸術家。裕福な家庭の出身ではなく幼少期はじゃがいもばかり食べていたようですが、名声を得てからは食道楽に。朝食は常に6時で白ワインも。お昼は11時30分。卵黄を生クリームとパセリで和え、オーブンでグラタン風に焼いたものなどが好物。晩年を過ごした家はジヴェルニーにあって、これらを口にした部屋は忠実に再現されているようです。40年以上精力的に描き続けた「睡蓮」は庭の池を大がかりに拡張して植えたものだということです。

モネが好んだ鼠族なタマゴ料理

ファンゴッホを訪ねてオランダをサイクリングしたことも

2016年にボクはフィンセント・ファンゴッホが描いた絵画の原風景を巡る旅をしてきました。自転車を移動手段として使うのがちょうどいい感じで、思い出深いサイクリング紀行に。今回のモネはフランス北部のノルマンディー地方を題材としたものが多く、ここでも名画と同じ光景に出会うことが可能なようです。

ジヴェルニー、クロード・モネの庭園 ©Thomas Le Floch
ジヴェルニー、睡蓮 ©Marie-Anaïs Thierry
ヴェルノン美術館、クロード・モネ≪睡蓮≫ ©Thomas Le Floch

ノルマンディーの印象派関連名所をPRする担当者は、「産業革命時代に描かれたモネの絵画ですが、環境変動で原風景が変わってしまわないように自転車などで訪れることをおすすめしたい」と。

オランダやベルギーではそんなのどかなツーリングを楽しみましたが、フランスでは一度もしたことないんです。体験してみたいなあ。

マルモッタン・モネ美術館庭階 – クロード・モネの展示室 ©Christian Baraja SLB
シャトゥー 印象派の島 ©C. Ledoux
セーヌ河沿い、ヴェトゥイユ ©Nathalie Lecerf

【Blog】海外でのラン練習や東京マラソンで3COINSの旅行用品が使える!

海外旅行時に「ホテルの周りを走ろうかな」と考えたとき、鍵をどこに携行しようかと悩んだことはありませんか? 散策なら短パンのポケットなどに入れておけばいいのですが、運動するとなるとちょっと問題が発生します。とりわけフランスの鍵は決定的に重いのです。

フランスの街道筋にあるバーの併設ホテル。部屋の鍵は伝統的な重りがついたものだ

どうしてフランスのホテルの鍵は重いのか?

最近はカードキーも普及していますが、フランスでは伝統的に鍵は真鍮などの重りがキーホルダーとしてついています。歴史的建造物を改装したホテルではその重厚感を演出するために意図的に重いものを採用しています。もちろんそれは紛失しにくいという役割もありますが、それ以外にも伝統的なセキュリティ対策の意味もあるんです。

フロントでもらった鍵で、その日自分があてがわれた部屋の鍵穴に差し込んでドアを開けるのですが、室内に入ったら今度は内側から鍵穴に差し込んで施錠をします。室内にとどまっているときは鍵は常に内側から鍵穴に差し込んだままです。もし外側から誰かが鍵をこじ開けようとすると、真鍮製のキーホルダーがガタガタと揺れて、ドアにぶつかって大きな音を立てる。つまり防犯対策なのです。

フランスでしか出現しないポケモンにクレッフィがいるが、そんな感じの鍵。ちなみにフランス語で鍵は「クレ=clé」

雑誌のおまけでもらったウエストポーチが役立った

そんな重い鍵を携行してランニングする際は、フロント係がいたら預ければいいんですが、早朝の時間帯はほぼ無人。だから重りを身につけて走るハメになります。筆者が重宝したのが、雑誌の付録についてきたシンプルなウエストポーチ。これを腰に巻き、揺れないように周長を調整して走りに出かけます。

雑誌付録のウエストポーチが意外と使える。緑色の生地は伸縮性があって大型のスマホも収納できる

東京マラソンではコロナ禍を契機に出場者はスマホ必携となり、なんらかの手段でスマホを含めサプリメントや常備薬などを持ち歩く必要が生じます。前回出場の2023年には海外で使ってきた付録ポーチを流用したのですが、バックル部分が大きめなこと、練習によってウエストが細くなってしまい調整限度を外れてしまったので、各社から発売されているランナー用ウエストベルトを調査してみました。積載量や調整範囲などがどれもマッチするものがなく、そんなときに「3COINSの旅する日という旅行グッズにシンプルなものがあるよ」と家族に教えてもらいました。

フランスのホテルはかつてその土地で財を成した人の邸宅などがリフォームされて利用できたりする

税込み550円でランニング用ウエストベルトを確保

TABISURUHIという商品カテゴリーに中にあって、「トラベルセキュリティウエストベルト」というのが商品名。幅13cmの太いベルトですが、2枚の生地が下部はすべて縫い合わされていて、上部は数カ所にステッチがあるだけ。スマホや補給食を上から挿入するだけで、ファスナーやマジックテープはありません。伸縮性があって腰回りは67〜96cmに対応。価格は税込み550円。

実際にスマホを入れて走ってみましたが、完璧でした。上下動で飛び出しそうなスマホは腰の後ろに回し、ランニングパンツの中に入れてしまうとさらに安定し、走りに集中することができます。栄養補助食品は落としても拾えばいいので前部やサイドに入れておいてもいいと思います。

550円で手に入れたランニングポーチ

実際に使ってみました。ランニングショーツではなくレギンスやタイツのようにお尻にフィットするウエアのほうが安定します。「洗濯機は使わないでください」と注意書きがあったので、あえて洗濯機にぶっ込んで縮むのか伸びるのかチェックして、後日ご報告します。

長袖インナーの外側に、ショートレギンスの内側に着用。入れたものが飛び出すことはない

【Blog】モンヴァントゥー…パディントンからファーブル昆虫記まで

「というと、くまのムッシューはツール・ド・フランスをご存知ない?」

これは1970年に初版発行された「パディントン、フランスへ」の、とある章の書き出しです。物語ではパディントンが選手団にまぎれ込み、ツール・ド・フランスで勝ってしまうという奇想天外な話が展開していきます。

山頂から西側のマロセーヌにダウンヒル。ツール・ド・フランスではゴール後の下山道となる

ファーブル昆虫記第1章の第1ページからいきなり!

専門家からするとパディントンは勝ったわけではなく、とあるステージの中間スプリント賞を獲得したのだと推測できますが、「三輪車でいいんか?」とか「飛び入り参加は認められるんか?」とか、そもそもクマがツール・ド・フランスに出場できるのかと突っ込まないでください。

山頂を肉眼で確認しながらひたすらペダルを踏む
モンヴァントゥー山頂からツール・ド・フランスのコースに使われる東麓側を望む

小学校の図書館に必ずある「ファーブル昆虫記」。第1章の第1ページからいきなりモンヴァントゥーに上る話が書かれています。かつてのフランスでは「虫は悪魔の使い」であり、日本の男の子のようにカブトムシを捕まえたりすることはなかった時代、モンヴァントゥーに25回も上ってフンコロガシを観察していたのだから尋常ではありません。

冬のモンヴァントゥー山頂

ツール・ド・フランス最大の番狂わせがここで

ボクが初めて行ったモンヴァントゥーのステージはまさかの展開で話題になりました。1994年、スーパースプリンターのマリオ・チポッリーニをアシストするイタリアのエロス・ポーリが独走。ゴールスプリントの牽引役ではなく、レース中盤にメイン集団の先頭を3時間にわたって走り、逃げた選手を吸収する役目を担った大型選手でした。

ところがモンヴァントゥーがコースとなったそのステージで序盤から単独で逃げ続け、「ポーリは上りで捕まえられるだろう」という予想に反して、モンヴァントゥーの上りを地味なスピードでクリア。頂上からの下り坂でアドバンテージを守り、ゴールのカルパントラスで舞台俳優のように声援に応えながらフィニッシュ。プロ初勝利を飾りました。

夏の教会
厳冬期の教会

翌日のカルパントラスのスタート地点には一輪の花を口にして登場。そんなシーンもキザには見えない。検索してチェックしてみてください。

真冬はまさに死の世界と化す
市立図書館の児童書コーナーで手に取った
ファーブル昆虫記の第1章、1行目からモンヴァントゥーの文字が