細かすぎるツール・ド・フランス現地観戦テクがデイリーで遷移するように改修

「ツール・ド・フランスを旅するテクを教えます」と題した取材者日記が、第1ステージからページ下段の矢印を押していくとステージを1つずつ追って最後まで読めるようになりました。

この日は連泊なので手洗いのお洗濯

「ツール・ド・フランスを旅するテクを教えます」という連載コラムは、2018ツール・ド・フランスを取材しながら、フランス全土を移動しながら旅したエピソードをまとめたものです。レースレポートは別にして、ツール・ド・フランスを現地で追いかけるための「細かすぎる」ノウハウが23日間にわたって紹介されています。

第1ステージからページ下段の矢印を押していくとステージを1つずつ追って最後まで読めるように

「ツール・ド・フランスを旅するテクを教えます」第1ステージ

ツール・ド・フランスはパリまでたどり着けなければ最下位にだってなれない

ツール・ド・フランス取材者日記最終回。
その昔、列車は夜になると前後にランタンの明かりを点したという。最後尾につけるのは赤色のランタンで、いわゆるテールランプのことだ。フランス語では「ランタンルージュ」と呼ばれている。ツール・ド・フランスでランタンルージュといえば最後尾、つまり個人総合成績で最下位の選手のことだ。例年シャンゼリゼに凱旋する最終ステージのスタート前に、ちょっとした伝統行事が行われる。最下位選手が赤いランタンを持たされてカメラマンのポーズに応じたりするのだ。

シャンゼリゼに選手たちが到着した瞬間を見計らってフランス空軍が凱旋門からコンコルドにかけて飛行 © ASO

ツール・ド・フランスでは最下位だってある意味で勲章だ。遅れたのにはちゃんとした理由がある。エースのために全力で集団を引っ張って体力を使い果たしたとか、ホイールを提供して道ばたでたたずんでいたとか。つまりある意味できっちりと仕事をしなくちゃ遅れないのだ。

そして決定的なことには、シャンゼリゼにたどり着かなければ最下位には絶対になれないということ。つまり最下位はリタイアじゃなくて完走だ。選手にとってシャンゼリゼに到着することが、ひとつの大きな勲章であり、カメラマンにランタンルージュを持たされてポーズを取ったりしていても、その心の中はまばゆいばかりの自尊心がきらめいている。

1836年7月29日、ナポレオンの命によって建設されたエトワール凱旋門が完成した日、英国のゲラント・トーマスが凱旋 © ASO

1987年に東京中日スポーツ派遣記者として全ステージを追いかけるようになり、毎日欠かさず送稿したのが現地の取材者日記「マイヨノワール」だ。ツール・ド・フランスではないが、かつて最下位選手が着させられた黒いジャージをイメージして、先代の担当デスクがつけてくれた表題だ。

ツール・ド・フランス最終日はシャンゼリゼで選手たちのゴールを見届けたあと、ボクはたいていメトロで6駅離れたプレスセンターまで徒歩で戻って最後の原稿を打つ。あらかた書き上げたころには他の記者はほとんどいない。パリのゴールはいつも最下位。たまたま着ていた黒いジャケットがあたかもマイヨノワールみたいだ。(終わり)

マイヨジョーヌのトーマスを祝福するフルーム © ASO

第20ステージの記者日記

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この最高に気持ちいい瞬間が体感できるのも最後かな

ツール・ド・フランス取材者日記第20ステージ。800km以上離れたパリへの移動だが、この日のために摂取する栄養と疲労回復のための睡眠を十分にとることを心がけたので、それほど大変ではありませんでした。それでも最高速度制限130kmを何時間も維持するのは相当のストレス。とにかく無事に最終到着地まで走ればいいので、速度は抑えめで、フランス人運転のクルマに抜かれまくります。

フランスの空は広い!

200km地点でボルドーへ。高速道路が渋滞しているようでGPSで市街地を通る指示に従って街中を走る。ようやく高速に乗った先で料金所の渋滞があるようで、ここで一般道へ。ところがボルドーからポワティエまでまっすぐに行くN国道があるんですね。2車線で最高速度は110km。日本の高速道路のようで、こっちのほうがボクには適していました。もちろん無料。

こうして土曜日の夜は、かつて開幕地になったり、最終日前日の個人タイムトライアルが行われた未来都市フチュロスコープへ。ネット予約サイトで直前に安価で1部屋が売りに出ていたので予約しました。身障者用にシャワールームがバリアフリーになったお部屋ですね。

パリまでの809kmはさすがに途中のポワティエ郊外で1泊

今回のツール・ド・フランス取材の旅も、この日がフランスの田舎で過ごす最後のひととき。夕食後、太陽が沈みかけるまで外で乾いた空気を感じるために散歩に出かけました。あー、この気持ちいい瞬間が体感できるのも今年は最後で、これからあと何回味わえるんだろう。

今年は結構グッスリと睡眠でき、朝も毎日ジョギングでその町の魅力を堪能。そして最後の日の朝もパリまでの残り330kmを走りきってゴールしました。

パリに到着。いつもの路上パーキングにクルマを駐めてジュシザリベ!

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ここまでやるんだ! ツール・ド・フランス…聖地にチームバス乗り込む

ツール・ド・フランス取材者日記第19ステージ。カトリックの聖地であるルルドってどんなイメージがありますか? ろうそくを点して練り歩くミサが幻想的とか、一度は訪れてみたいピレネー山麓の観光名所とか。ボクたちツール・ド・フランス関係者にとっては、絶対にホテルに困らない町として重宝しています。そしてボクにとってここは、自戒の町として毎年必ず訪れるようにしています。

ここは普段、敬虔なカトリック教徒がろうそくを掲げてミサの行進をするところだ

キリスト教の聖地ルルドはベルナデットという少女が不治の病を治すという奇跡の泉を発見した町です。以来、世界中から生死の境をさまよう人たちが、最後に神にすがるために訪れます。杖や車椅子なんてものではなく、ベッドで運び込まれる人もいます。家族に病人がいる人は土産店で聖母マリアをかたどったペットボトルを買い、水をくんで遠い国まで運んでいきます。そのシーンは人生観が変わるほど衝撃的。健康でいることのありがたさを実感し、自分の生活を戒めるためにボクは毎年ルルドに宿を取っているのです。

そんなカトリック教会の真正面にチームバスが問答無用で乗りつけたのには、驚きというよりも見事さを感じました。日本で言えば大相撲の土俵を自転車で乗り回すような感じです。ある意味でツール・ド・フランスってここまでするんだと、改めてそのスゴさを実感したのです。

ベルナデットが聖なる泉を見つけた場所にイタリア人選手が祈りを捧げにやってきた

大会も第3週になると、すべての関係者はちょっと感傷的になってしまいます。過酷だけど、最高に楽しくて、世界有数の観光大国をあますことなく旅する23日間。日本人のボクにとっては、快適なフランス滞在もあと少し。ピレネーの最後の山岳ステージでは乾いた風がそよぐ原っぱに寝転がってみました。本当に気持ちいいなあ。

この日はゴールからすぐ近くの小さな村に宿泊。以前滞在して気に入ったところです。教会の前に広場があって、それに面したホテルのテラス席で夕ごはんを楽しむ。でも原稿書いてます。リラックスしてごはんを食べればいいんだけど、貧乏性なんですね。この旅もいよいよ終わりへ。明日は800km離れたパリに向かいます。

ゴールの町の人たちはおそろいウエアでボクたちを歓迎してくれる

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パリの次にツール・ド・フランスが愛するポーの町とは

ツール・ド・フランス取材者日記第18ステージ。ルルドは世界中からキリスト教信者が集まるのでホテルにはこと欠きません。だからボクたち取材陣も「ルルドに行けばホテルはある」と頼り切っています。ここから40km離れたポーが105回の歴史があるツール・ド・フランスで70回も訪問しているので、必然的にルルドに宿泊する回数も多くなります。毎年2〜3泊はしているので、パリの滞在よりも多いですね。

ルルドで毎晩行われるミサ。生にすがる人たちがわずかな望みを求めて神にすがる光景に人生観が変わるほどの衝撃を受ける

いつもは駅近くのイビスホテルを利用していましたが、グロット(奇跡の泉がわき出る教会)の近くにある4つ星ホテルが2泊朝食付きで1万円弱で取れたので、イタリア系のホテルに泊まってみました。目の前のグロット通りが第19ステージのコースのようです。

これだけスタート地点に近いと困ったこともあります。クルマを駐車しているところがフェンスで取り囲まれて、出られないなんて事態になるんです。毎日ボクたち関係者はスタートの町に設定されたPPO(通過義務地点)にアクセスし、ここから役割や動き方によって駐車位置を指示されるんですが、ルルドはPPOがコースの向こう側に。ということはかなり面倒なことになるんです。

例えば皇居前からスタートするからといって、宿泊している東京駅八重洲口から入ろうとしてもダメ。首都高速の環状線に乗って新宿に向かい、新宿通りを使って四谷・半蔵門とたどっていかなければスタート地点に入れてもらえません。なんでこんな難しいことをするかといったら、フランス独特の町の作りに起因します。心臓部に教会があってマルシェがあって、かつて城郭があったところに環状線を備える。文化と歴史、伝統と宗教を理解しないと、このレースは会場までだって絶対にたどり着けません。

サルドプレスやチームが宿泊するホテルがある公園はフォーミュラカーの市街地サーキットでもある

で、連泊の気楽さがあってクルマ通勤なノリでルルドからポーへ。勝手知ったるサルドプレスに正午には乗り込んで、その他の原稿と最終日までに送稿する原稿の下書きをします。そんなときは選手が必死に逃げていてもテレビモニターなんか見もしません。結局ゴール手前で捕まるので。

大会もこの日が終わってあと3日。30年ほど取材していると最近はあっという間に大会終盤になってしまうことに気づく。以前は日本語を話す相手もいなく、とてもさみしくて早く日本に帰りたかったものだ。近年はSNSの普及で日本の自転車好きの人たちと交流できたりするので、単身で全日程を回っていても1人じゃないという頼もしさがある。

ツール・ド・フランスが終わると欧州の短い夏も終わりそうだ。あともう少し、頑張ればパリに着くかな。と、思って公式プログラムを見直したら、最終日にパリまでの800km陸路移動があるし。

ポーのサルドプレスは劇場。もう何十回も訪問している

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ピレネーのスキー場までサイクリストと上ってサイクリストと下る

ツール・ド・フランス取材者日記第17ステージ。前夜に宿泊した、大正時代のさびれた湯治場の唯一のいいところ。それはこの日のゴールまでとてもアクセスがいいところでした。いわゆる主催者が指定するオーコース(スタートからゴールまでの迂回路)の高速を降りたところにあったのです。だから一般道をピレネーに向けて南下すればゴールにたどり着けるのです。

F1並みのスタートグリッドにサルドプレスは大盛り上がり

ゴールとなるピレネーのスキー場までのアクセスは、アルプスのラルプデュエズのように交通規制はされていなかったので、一般サイクリストが必死で上る脇をかすめるように、接触しないように細心の注意を払ってクルマを走らせます。サイクリストを1人でも踏んだらツール・ド・フランス取材はやめる覚悟なので慎重に運転しています。

サンラリースランの上りは最初がとても厳しくて、マニュアル車はほぼ1速で登坂。サイクリストが道をふさぐたびに半クラッチで坂道発進。ひごろから筋トレしていないと確実に足がつります。

帰路は大渋滞となるのは必至。キリスト教の聖地ルルドにある、24時間フロント対応のホテルにしたので時間がかかっても安心だけど、できればすんなり下山したい。ゴール後に原稿を書いていると、次々に下山している車両がいるので、ボクも荷物をまとめて帰ることに。

コースでもなくゴールでもない、ピレネー山麓で原稿執筆

最初は飛ぶように下っていたのですが、途中で憲兵隊員に止められました。あと2台でふもとまで一瞬のうちにたどり着けるところだったのに。理由を聞けば、この時間は下り方面の進行はできないという命令書があるとのこと。それって計画段階の交通規制でしょと思ったけど、絶対に折れません。

ということで関係車両はすべてボクの後ろでスタック。上まで自転車で上っていたサイクリストもクルマの脇を続々と降りてきます。地元フランスチームのフォルテュネオとグルパマはサンラリースランのふもとにチームバスを駐めて、選手はゴールしたら15km自分で降りろという指示だったようで、ウインドブレーカーだけ羽織ったプロ選手の菅田も。表彰台に関係ないチームがよくやります。で、選手は笛を渡されて、接触を避けるためにピーピー鳴らしながら下ります。結構、笑える。

一般のサイクリストと一緒に下ってくるわけですが、やはり走り方なのか体つきなのか、ツール・ド・フランス出場選手だってひと目で分かりますね。 そんな光景を、融通のきかない憲兵隊員に1時間止められていたので観察していました。

サンラリースランからサントマリードカンパンに抜ける道。アスパン峠の南側にあったルート

ようやく解除になったあとはサンラリースランまで下り、アスパン峠の南にある狭い道を使って奇跡の泉がわき出るというルルドへ。

今回はホテルを変えて泉のわく洞窟近くにあるイタリア人経営のホテルへ。宿泊客は全員イタリア人です。21時には原稿を送れたので階下のレストランへ。さすがにイタリアというだけあって、パスタはちっと固めでおいしかったです。フランスのパスタはたいていゆですぎなんです。

第16ステージの記者日記     第18ステージの記者日記

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憲兵隊にコースインを拒絶され、大正時代の湯治場にチェックイン

ツール・ド・フランス取材者日記第16ステージ。この日は山岳ステージに加えて、距離が218kmと長いので、スタート時間がいつもよりかなり早い。日課のジョギングをしてからシャワーをすませると、窓から見えるアスタナ滞在ホテルのチームバスがない。すでにスタート地点に向けて出発しているのだ。

ひまわりって高さ2mほどあるので高いところから撮影しないと最前列の茎しか取れないのでご注意

ホテルのすぐ近くがコースだったので、ちょっと油断してしまいました。タイムテーブルを確認すると、もうすぐ広告キャラバン隊が通過する時間。取材陣にとって彼らの存在は結構ヤッカイなのです。できれば彼らに先行してコースインしてゴールに向かいたいのです。

そこで、スタート地点に向かわずにそのままコースに入ろうとしたのが間違いでした。たいていは入れてくれるんですが、この日のカルカッソンヌ憲兵隊はダメ。あのフェンス1枚越えればコースなのに。こういうときはどんなに口論しても絶対に入れてくれないので、次のアクセスルートに回ります。

ところがこの日は3回コースにアクセスしたんですが、どれもシャットアウト。若い女性憲兵隊員は判断がつかなかったらしく、上司に電話で問い合わせてもらいましたが、つたない返事に。

湯治場の滞在型レジデンス。キッチンと屋根裏にベッドルームがあって、1人で泊まっても数人で泊まっても8000円ほど

この日はクルマがすれ違えないほどの山道をつなぎ、とりあえずコースに合流しないようにしてゴールを目指しました。フランス中央部なら簡単なんですが、ピレネー山麓なので広い道がなく、距離が稼げません。いやあ、試練の1日でした。

トゥールーズから南のピレネー山麓にかけては見事なひまわり畑が丘の上まで広がっているんですが、そんなこともありすっかり楽しめました。選手への妨害行為が目に余るので、この日は憲兵隊が途中からコースインするのを許してくれなかったのかと思います。ひさしぶりにシビれました。

そしてこの日の宿は湯治場です。フランスの湯治場って完全にさびれた大正時代の感があって、あんまり好きじゃないんです。でも長期滞在型のキッチン付きのレジデンスは、ステューディオという呼び方なんですけど、屋根裏にダブルベッドの寝室があり、バスタブ付きの大きなサルドバン(浴室)があって、それなりに居心地いいです。でもこの町にはパンとピザを兼営したお店しかなく、そこで買い出しして部屋飲み。原稿を終えたあとにバスタブのお湯を満杯にして入浴しようと思ったのですが、深夜電力で給湯するタンクが途中で切れました。こんなときは朝風呂ですね。

さびれた大正時代の湯治場から中心街に行ってみたが、パンとピザ兼用のお店しかない

2回目の休息日の記者日記     第17ステージの記者日記

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大会も最終週…この快適なフランス一周の旅が終わっちゃうという哀愁

ツール・ド・フランス取材者日記休息日編。前日にゴールし、引き続き休息地となったカルカッソンヌは相変わらずツール・ド・フランスの臨戦モードです。すでに翌日のスタート地点の鉄柵などが置かれ、市民は思うようにクルマを動かすことができず困り果てた様子。GPSを起動させて目的地に向かおうとしても、重機ではないと動かせない重さのブロックが道の真ん中に置かれているので、ナビでは思うように進めません。この町の全体像を俯瞰(ふかん)しながらクルマを走らせました。

カルカッソンヌの旧市街

こうしてたどり着いたサルドプレスは一番乗り。外は30度くらいまで気温が上昇しているのに、カーテンを降ろした見本市会場はひんやりとしていて、長ズボンに履き替えないと寒いくらい。フランスは強烈な日差しを遮断する鎧戸があると、室内は思いのほか涼しいのです。だからエアコンのない家庭も多いんですよね。

画像データは通信環境のいいサルドプレスで処理や配信を済ませてしまい、残りの原稿などはホテルに帰ってか細いWi-Fiで送稿。この日の車の走行距離は16kmで、毎日300km走る日々の中でカラダと頭の両方がリラックスしできました。ツール・ド・フランスの休息日って選手のためでなく、すべての関係者のためにあるんだと信じています。

マンドを制したオマル・フライレが休息日にリラックスした姿で登場

カルカッソンヌは以前にホテル料金を奮発してシテと呼ばれる城郭の中に泊まったことがあるんですが、クルマの駐車がことのほか大変。のんびりと過ごして身体を休めることができたらそれでいいので、郊外型のチェーンホテルを選びました。すぐ近くにカジノ系のハイパーマルシェ、ジェアンがあって、レジも混雑していなかったので昼食兼用のディナーを買い出し。部屋のドアを開けっ放しにして、夕焼けが徐々に染まっていくのをながめつつ、原稿を書きつつ、質素なディナーを楽しんだのです。

もうすぐこのたびも終わりですね。日本は酷暑とのことですが、フランスは本当に快適です。もう少しだけこの旅を楽しみたいと思います。

海外旅行でよく迷子になる人はGPSデバイスの帰巣機能を使おう。そんな実証実験をしました。写真をクリックするとそのページに飛びます

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