1万円以下でも最高の気分にひたれるフランスの宿泊施設ベスト3。最後は大手予約サイトで「破格の安さじゃん」となにげなく部屋を確保したところ。たどり着いてみるとその豪華さとともに、ちょっとびっくりな経験をして、図らずも欧州文化を肌で感じることができた。
四半世紀のツール・ド・フランス取材で宿泊したホテルはのべ800。その中で記憶に残るのはたいてい「見つけにくい」宿泊施設という共通項がある。今回紹介するところもカーナビに住所を入力しただけでは案内されず、その町のスーパーに飛び込んで地元の人に道順を教えてもらった。
2015年のツール・ド・フランス第13ステージはミュレからロデズまで。フランス中南部のこのあたりは宿泊容量がそれほどなく、出場選手や関係者も遠く離れた町に点在するケースが多い。ボクもホテル確保は難儀したが、翌ステージのスタートに向かった小さな集落に予約サイトで部屋を見つけた。サンコームドルト(Saint-Come-d’Olt)という町で、中世の建物が残る落ち着いたところだった。
ロデズのプレスセンターで原稿を書いていると、「7時までにレセプションに来てね」という電話がかかってきたので、仕事を中断して急ぐことに。Wi-Fiがあることは確認済みだったので、ホテルの部屋で原稿を書けばいい。ところがサンコームドルトの集落に到着してもこの日の宿、エスパスランコントル・アンジェールメリシ(Espace rencontre Angèle Mérici)を示すものはなにもなかった。
スーパーマーケットの「プチカジノ」を見つけ、レジのおばさんにたずねると、この先の小高い丘の中腹にあるとのことで、道順を教えてくれた。ありました。レンガ造りの4階建て。建物がグルッと中庭を取り囲み、教会のような尖塔もある。料7%引きのクーポンを使って62.37ユーロ(約8000円)にしてはかなり立派すぎる。
中に入るとオフィスのような部屋があり、執務をしていた男性がキーをくれた。「7時から“メス”があるからね」と声をかけてくれる。ヘッ? メスってフランス語なんだっけ?などと首をかしげながら部屋に上がると5人部屋のシングルユースだ。水回りもきれいで、エアコン完備。建物を一周してみると中庭の反対側の館はオーナーが住んでいるようだ。自給自足の菜園には散策路があって、ヤギとニワトリを飼っている建物もあった。
この宿泊施設の敷地はこの丘全体という感じだ。改めて道路に面した門扉まで足を運ぶと「コンポステーラまでの重要拠点」と「おすすめの宿」というプレートがあった。夕食の時間に食堂に行くと、他の宿泊者がお盆を持って並び、住み込みの修道女がスープや食事を盛りつけてくれた。ようやく分かったのだがここはカトリックの巡礼宿なのだ。さっきの“メス”は英語のミサのことか。ルパ(晩餐)は一緒のテーブルでワインを回してもらいながら食べる。
「キミもカトリックで、聖地を目指しているんだろ」と質問攻め。「あ、うーん。はい」
スペイン北西部にあるサンティアゴデコンポステーラまでの巡礼路はいくつかあるが、この町を通るのはフランス中央部に位置するル・ピュイを出発する最も有名なコースだ。東ヨーロッパのポーランド、ハンガリー、ドイツ、オーストリア、スイスからの巡礼者はみなこの道を歩く。
聖母マリアの偉大な聖地ル・ピュイアンブレは2017ツール・ド・フランスも訪問し、休息日となっているからツール・ド・フランスに興味のある人はその荘厳な景観をテレビで目撃するはず。ここからサンティアゴデコンポステーラまでは1522km。歩くと65日を要する。美しい中世の町コンクをはじめ、フィジャック、カジャルク、モワサックなどを通る。
この巡礼宿にお世話になった翌朝、次のスタート地点を目指してクルマを走らせていると、道すがらにひたすら西を目指して歩く巡礼者たちを多く見かけた。彼らは夏休みを利用して巡礼を敢行しているのだが、自動販売機なんかひとつもない丘陵地を重いバックパックを背負って歩き続ける。もちろん命の水と食べ物は背負っているだろうが、こうしてたどり着いた巡礼宿がどれほどくつろぎを与えてくれるかは計り知れない。きっとシャワーのお湯が心地よく、質素な食事だっておいしくいただけるはずだ。
クルマを利用して取材を続けるツール・ド・フランスもある意味は巡礼に近いものがあり、その日にたどり着いた清潔なベッドに心の芯からホッとするときがある。だから歩いてたどり着いた巡礼者は「地上に生きていること」を痛感するほどの感慨があると思う。そんな宿泊施設がネットで簡単に予約できてしまうのも驚きだった。
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