2020東京パラを陰で支えるトライアスロンメカニック

障害者トライアスロン(パラトライアスロン)は2016年のリオパラ五輪から正式競技となった3種目混合レースで、通常のトライアスロンと同様に水泳、自転車、ランを連続して行う。自転車パートはロードバイクだけでなく、2人乗りバイクやハンドサイクルを使用する選手もいる。東京パラ五輪の同競技で日本代表選手を陰で支えるのが、パラトライアスロンチームのメカニックを務める塩野谷聡さんだ。

破損時に選手が交換するためのスペア車輪を準備する=本人提供

パラトライアスロンチームの底上げには専属メカニックが必要

東京都小金井市にある自転車ショップ、アセントサイクルを経営する塩野谷さんがパラトライアスロン競技と出会ったのは、リオパラ五輪の1年前だ。

ツール・ド・フランスを見たのがきっかけで自転車に目覚め、高校では自転車競技部に所属。このとき顧問だった先生の紹介で、パラトライアスロンが正式種目になるリオパラ五輪の開催1年前にメカニックになった。

最初の遠征はリオ大会のテストイベント。塩野谷さんにとっては十数年ぶりのメカニック業務だった。当初は選手への顔つなぎや、大会の現場を知るためが主な目的だと聞かされていたが、現場は想像以上にハードだった。

パラ五輪の実績がなかったスポーツだけに、選手を含めてすべての関係者がそのやり方を模索中。輸送中に変速機をつけるフレームの一部が欠損するなどのトラブルにも直面。選手も遠征慣れしていなく、その当時は国を代表する競技者としてまだの意識も低かった。「組織をきちんと作りたい」というパラトライアスロン組織が求めたのがチームとしての態勢づくり。そのためには指導者とともにメカニックは不可欠だった。

2021年4月、廿日市のアジアトライアスロンパラ選手権を走る谷真海 ©Satoshi TAKASAKI/JTU

障害を持つ選手が自転車パートを戦う際は、義肢装具士が手がける装備品を自転車に取り付けて障害をカバーする。こういった装具の部分と障害を補う付属パーツは塩野谷聡さんの担当外。選手それぞれがなじみのショップで競技に必要なパーツ類などのセッティングは済ませてくるので、それをメンテナンスするのが主な任務となる。ロードバイク、2人乗り、ハンドサイクルなどを、選手が試走したあとに洗車から整備、注油までを行い、「こうしてほしい」という要望に応える。

合宿直前にはメンテナンスをするとともに、輸送のための梱包してほしいというオーダーもある。

「倉庫の鍵を預かってピックアップして、きちんとメンテナンスしてから、倉庫に戻す。コロナ禍では選手とできるだけ接触しないことが求められているので」

ナショナルチームでは洗車と整備を担当=本人提供

パラトライアスロンのクラスは、ハンドサイクルを使用するシッティング、義肢でペダルを漕ぐスタンディング、視覚障害のある選手がハンドル操作を担うガイドと2人乗りバイクに乗るブラインドなどに区分される。選手はクラスや場面に応じて、ハンドラーと呼ばれる支援者の支援を受けながら、水泳のスタートからランニングのゴールまでの所要時間を争う。ロードバイクの改造や義手、義足の着用が許可されるが、その改造は安全が保たれ、推進力を助長しない範囲で認められる。

塩野谷さんは本業である自転車ショップの売り上げが好調で、多忙な日々が続く。店舗を開ける午前中に選手の自転車をピックアップして、閉店後に作業。夜のうちか翌朝に届けるという強行スケジュールだ。

「疲労はスゴくあります。でも、こういうのって手を挙げてもやらせてもらえないことなので」

2021年5月に横浜で行われたワールドトライアスロンパラシリーズでバイクパートをスタートする秦由加子 ©Satoshi TAKASAKI/JTU

メカの出番がないことを。選手が無事にゴールしてくれれば

今回の東京パラ五輪では、選手との接触を減らすために選手村には入らず、機材などを調整するハイパフォーマンスセンターに作業スペースを設けて、そこで従事する計画だ。選手と直接話しはせず、オンラインなどでやりとりする。

さらにレース当日。会場入りできるのはコーチだけ。レース中は観戦自粛もあって、おそらく沿道にも立たない。

「ナショナルチームであっても自宅観戦を指示されています。それでもなにかあったときのために必要な機材を持って近くにはいるつもりです」と決意を口にする。

「コロナで延期にならなければ出場できた選手もいたはずです。だれが悪いというものではなく、まさかの事態となってしまいましたね。現状はとても厳しいですが、選手のことを考えると開催してくれることへの感謝しかありません。大会がなくなったら選手たちは報われなくなる」

塩野谷さん。小金井市のアセントサイクルで

できれば多くの人たちに実際のレースを見にいってほしかったというが、「テレビでもいいので、まずはこのスポーツや選手のことを知ってほしいです。東京でパラ五輪が開催されるという一時のブームでもいいけど、まずはパラスポーツを認知してもらうことが大切です」

小金井で生まれ育った塩野谷さんは、地元開催される国際イベントに関われたことにうれしさを感じる。この仕事をしているからなおさら名誉なことで、大会の開催をだれよりも楽しみにしている。

「自分の仕事がなにもなくてもいいんです。選手にアクシデントがなければ」

ここを直したからこういう結果になったんだ、なんてメカニックの仕事自慢をアピールする場ではなく、競技者をしっかりとサポートするのが使命だとその表情から確かな意志を感じた。

2020東京パラリンピックのトライアスロン競技に日本勢は7選手

2021年8月24日から9月5日まで開催される東京パラ五輪。トライアスロン競技は8月28日と29日、お台場海浜公園とその周辺で行われる。水泳750m、自転車20km、ラン5kmで争われ、男女別・クラス別に表彰される。

日本代表は土田和歌子(八千代工業)、秦由加子(キヤノンマーケティングジャパン・マーズフラッグ・ブリヂストン)、谷真海(サントリー)、木村潤平(社会福祉法人ひまわり福祉会)、宇田秀生(NTT東日本・NTT西日本)、米岡聡(三井住友海上火災保険)、円尾敦子(日本オラクル・グンゼスポーツ)の7選手。

義肢装具士…2020東京パラを支える職人たちがいた

●アセントサイクルのホームページ
●2020東京パラリンピックの公式サイト

東京五輪パラ招致の立役者、谷真海が出場できず…当該クラスが除外

2020年の東京パラリンピックで実施されるパラトライアスロン競技種目が国際トライアスロン連合から発表され、谷真海が属する運動機能障害PTS4クラスの実施が見送られた。東京五輪・パラリンピックの招致活動において最終プレゼンテーションでスピーチするなど東京開催を実現させた立役者だが、現時点では東京パラリンピック出場の道が閉ざされた。

ITU世界パラトライアスロンシリーズ2018/横浜でバイクパートを走る谷真海 © ブリヂストンサイクル㈱

パラトライアスロンには6段階の障がいカテゴリーがあって各大会のスケールに応じて採用されている。東京パラリンピックで採用されるのはこのうち4カテゴリーになることはすでに国際パラリンピック委員会から発表されていた。8月6日に発表された実施カテゴリーは男女各4種目。車いす、視覚障害と運動機能障害の2カテゴリー。PTS4は競技人数が少ないことなどを理由に除外された。

ブリヂストンのトライアスロンバイクで疾駆する谷真海 © ブリヂストンサイクル㈱

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谷真海がITU世界パラトライアスロンシリーズ横浜大会で2連覇

パラトライアスリートの谷真海が5月12日に開催されたITU世界パラトライアスロンシリーズ(2018/横浜)に出場し、PTS4クラスで2017年に続いて2連覇を飾った。2020東京オリンピック・パラリンピックの招致プレゼンテーションで大役を務めた谷(当時は旧姓佐藤)は出産を契機に陸上競技からトライアスロンに転向。東京パラリンピック出場を目指す。ブリヂストンサイクルが谷にロードバイクの機材サポートを行っている。

ITU世界パラトライアスロンシリーズ2018/横浜でバイクパートを走る谷真海 © ブリヂストンサイクル㈱

「守りに入らないレースをしようと心に決めていて、途中で力を抜かないことを意識し最後まで走り切ったので、苦しかったです」と谷。
「バイクパートの強化には時間がかかると思っていて、まだスピード維持の面で課題があると感じています。いろいろなことが大会では起こるので、いかに焦らず、あきらめずに走るかということに尽きると思います」

パラトライアスロンはスイム0.75km、バイク20km、ラン5kmの3種目を継続して行い、総距離25.75kmの合計タイムを競う。スイムからバイク、バイクからランへ移る「トランジション」にかかった時間も合計タイムに含まれ、障がいの種類と程度でクラス分けされ、そのクラスで競技の順位を競う。

ブリヂストンのトライアスロンバイクで疾駆する谷真海 © ブリヂストンサイクル㈱

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