フィリプセンがゴール勝負となったミラノ〜サンレモで初優勝

アルペシン・ドゥクーニンクのヤスペル・フィリプセン(ベルギー)が、2024年3月16日に距離288kmで争われた第115回ミラノ〜サンレモで優勝した。

フィリプセン(右)がマシューズを抑えてミラノ〜サンレモ優勝 ©Gian Mattia D’Alberto/LaPresse

レースは優勝候補のタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEエミレーツ)が最後の上り坂でアタック。2023年の覇者マチュー・ファンデルプール(オランダ、アルペシン・ドゥクーニンク)がこれを追い、最後は12人のゴール勝負となった。

2024ミラノ〜サンレモ ©Fabio Ferrari/LaPresse

平均時速46.112kmは1990年にジャンニ・ブーニョが優勝したときの45.806kmを上回る最速記録。フィリプセンはモニュメントと呼ばれるワンデーの伝統レースで初優勝。2023パリ〜ルーベで2位になった記録を超えた。

ポガチャルのアタックにファンデルプールが反応 ©LaPresse

マチューがいなかったらミラノ〜サンレモに勝てなかった

「マチュー(・ファンデルプール)がいなければミラノ〜サンレモで優勝することはできなかった。ポッジオの下り坂で少しギャップができてしまったので、マチューに前を引かないでほしいと頼んだ。彼には本当に感謝している。彼は素晴らしい仕事をし、すべてのアタックを取り戻し、スプリントのためにそれをまとめてくれた」とフィリプセン。

ミラノ〜サンレモは12人のゴール勝負に ©LaPresse

「フィニッシュ後は、去年と同じようにお互いに抱き合った。マチューとボクで2連勝できたことを誇りに思う。マチューも勝つための脚を持っていたが、このレースは勝つのが最も難しいレースの1つ。最後の1kmで怖くなった。失敗したくなかった。また、何人のライバルがそこにいるかを見るために振り返りたくなかった。この勝利を掴まなかったら、一生チャンスを逃し、来週は眠れなかっただろう。マイケル・マシューズが僕をバリアに寄せるような走りしたら僕は勝てなかっただろうから、彼がフェアなスプリントをしてくれたのはうれしい。フィニッシュから1分後、自分が勝ったと気づくのに時間がかかった」

世界チャンピオンのファンデルプールがフィリプセンを祝福 ©LaPresse

5位、4位、3位。来年は2位になりたくない…ポガチャル

「今日の表彰台は、私が経験した中で最高の表彰台の一つだ。マイケル・マシューズとヤスペル・フィリプセンは僕のとてもいい友人だ。彼らに負けることができてうれしいし、表彰台に上がったこの瞬間は人生で最高の瞬間の一つ」と3位のポガチャル。

「脚はとてもよかったけど、みんながここで勝ちたいと思っているし、みんなが僕らがなにをするかを期待していた。チームワークをとても誇りに思っている。彼らは僕をポッジオの上り入口にとてもうまく配置した。でも、他のみんなもとてもうまかったし、ポッジオの決勝と最後の数kmでギャップを作ることができなかった。スプリントではベストを尽くした。このレースに勝ちたいので、もう一度挑戦したい。過去3回は5位、4位、そして3位だったが、来年は2位にはなりたくない」

フィリプセンを中央に左が2位マシューズ、右が3位ポガチャル ©Gian Mattia D’Alberto/LaPresse
フィリプセンがミラノ〜サンレモ優勝 ©LaPresse
留目夕陽(右から3人目)も参戦 ©Fabio Ferrari / LaPresse)