2023ラグビーW杯でマルセイユを訪れたらここに行きたい

フランスは2023年のラグビーワールドカップ開催国。2020年12月14日には世界中が注目するプール組み分け抽選会がパリのブロンニャール宮で行われる。試合が行われる都市は9つで、現地に足を運んだら訪れてみたい場所を順次紹介。第2回はマルセイユ。

旧港とノートル・ダム・ド・ラ・ガルド寺院 ©OMTCM

地中海沿岸の大都会マルセイユ。コスモポリタンな色彩をまとったこの街では、鮮やかなコントラストが育まれています。ダイナミックに賑わう中心部と、ノスタルジックな風情あふれる旧市街。熱狂と大歓声に包まれるスタジアム「スダッド・オランジュ・ヴェロドロームStade Orange vélodrome」と、年に300日は顔を出す太陽に温められた美しい砂浜。国際的名声を誇る偉大な建築家が手がけた流行の新施設やスポットと、都市周辺にある国立公園としてはヨーロッパ最大で、隣町カシにまで広がるカランク国立公園。そんな数々のコントラストに彩られたマルセイユに、旅心を刺激されない人はいないはず!

旧港、MuCEM、ノートル・ダム・ド・ラ・ガルド寺院 ©Yoan Navarro

市内を歩けば、建築物を通じてその歴史に触れることになるでしょう。古代ギリシャ・ローマ時代に開かれた港、中世に遡るサン・ヴィクトール修道院Abbaye de Saint-Victor、市庁舎Hôtel de Ville、オスマン様式のエレガンスが光るレピュブリック通りRue de la République、建設当時は「頭のおかしな人の家」と酷評されていたル・コルビュジエの建築群、建築家リュディ・リチオッティが手がけた欧州・地中海文明博物館Mucem、隈研吾が設計したマルセイユ現代美術センターFond régional d’art contemporain/FRACなど、見どころがいっぱい。

加えてマルセイユでは年々、スポーツや文化の国際大会や国際イベントを開催したり、EUの事業を担ったりする機会が増えています。例えば2013年には欧州文化首都を、2016年に開催されたサッカーのユーロ2016ではホストタウンを、2017年には欧州スポーツ首都を務めたほか、2020年にはヨーロッパ現代芸術ビエンナーレ「マニフェスタ13」が開催されました。2023年にはラグビー・ワールドカップの、2024年にはパリ五輪のセーリングとサッカーの会場となる予定です。となれば、これはもう、マルセイユに足を運ぶしかありません!

必見の場所

ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院
Notre Dame de la Garde
19世紀に建立されたこの宗教建造物は「優しき聖母さま」とも呼ばれ、船乗りや漁師にとってはまさに、丘の上にたたずむ守り人。マルセイユのシンボルとなるこの寺院には、毎年200万人以上が訪れています。

旧港からノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院を望む

イフ島
Château d’If
アレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』で知られる、かつて監獄のあった島。歴史的記念物に指定されている城は必見です。旧港から船で20分。

イフ城 ©OMTCM

ル・コルビュジエのシテ・ラディユーズ(輝ける都市)
Cité radieuse
1947~51年に建設されたこの建築物は、337戸のアパルトマン、ホテル、レストラン、学校、複数の店舗、眺望のよいルーフテラスに設けられたアート・デザインセンターから構成され、ユネスコの世界遺産に登録されています。ガイド付き見学あり。www.marseille-tourisme.com

ユニテ・ダビタシオンの屋上 ©OTCM/FLC

ぜひ試したい食

ブイヤベーズ
La Bouillabaisse
魚のスープ、ルイユ(ニンニクとサフランで味付けしたマヨネーズの一種)を塗ったクルトン、ジャガイモ、魚の切り身を楽しむ伝統の郷土料理。かつては漁師めしとして食べられていましたが、今や美食の一品となっています!

老舗「ミラマール」のブイヤベーズ ©OMTCM

パスティス
le pastis
太陽、歓び、親睦、のんびりとした別荘暮らしを連想させる、マルセイユのご当地アペリティフ! アニス酒の一種で、19世紀より食前に供されてきました。食欲を高め、消化を助け、胃の不調をケアする働きあり! 世界一有名なのが、リカールRicard社のパスティスです。

アペリティフに欠かせないパスティス

マルセイユ新情報  

海底美術館
Musée Subaquatique
カタラン・ビーチの沖、水深5メートルの場所に、10点の大作を集めたインスタレーション「マルチ・アーティスト」がお目見えします。シュノーケリングができれば誰でも鑑賞できるこのユニークな美術館は、芸術、科学、教育、環境のどの観点から見ても華々しい壮挙と言えるでしょう。

海底美術館 @Wallis

チューバ
TUBA
新しいホテル&レストランがマルセイユで評判を呼んでいます。バーとプライベートビーチがついたこのホテルは、岩に囲まれた入り江地帯「カランク」にあり、目の前には海が広がっています。部屋数はわずか5室。隠れ家的な雰囲気のもと、映画「グラン・ブルー」の世界を味わえます。

ホテルレストラン「チューバ」 ©Tuba

周辺の見どころ

カランク
Les Calanques
海岸松や香り高い草木が生い茂る山とターコイズブルーの海が織りなすカランク国立公園Parc National des Calanquesは、ハイキング、ダイビング、クライミング、自然を愛する人にぴったりの遊び場です。

マルセイユ近くのカランク ©Lamy

ラ・トレイユ
La Treille
市内東部に位置するのどかで美しい地区。中心部からすぐのところに静かな港があります。ガルラバン丘陵Collines du Garlabanにはいくつかハイキングコースが設けられており、当地区をこよなく愛したプロヴァンス生まれの作家にして映画人、マルセル・パニョルの足跡をたどるコースもあります。

ラ・トレイユ地区 ©Lamy

地元の有名クラブ

プロヴァンス・リュグビー
Provence Rugby

©Provence rugby

都市広域連合体「メトロポール・エックス・マルセイユ・プロヴァンス」内に活動拠点を置くこのクラブが設立されたのは1970年。現在、プロ2部リーグ「プロD2」所属で、フランスのベスト30のクラブに仲間入りしています。シンボルカラーは黒。2007年にフランスでワールドカップが開催された際には、ニュージーランド代表「オールブラックス」を相手に戦いました。www.provencerugby.com

ラグビー好きにおススメ

RWC2023開催スタジアム
Stade Vélodrome スタッド・ヴェロドローム
6万7000席

アイリッシュパブ「オ・ブラディズ
O’Bradys
スタッド・オランジュ・ヴェロドロームの近くでビールを楽しめる店。もちろん試合中継あり。最高の雰囲気が味わえます! www.obradys.com

ル・コック・スポルティフ
le Coq Sportifのブティック
ル・コック・スポルティフはラグビーフランス代表チームのユニフォームを手がけるブランド。その店がパラディ通り17番地にあります。同じ通りには、同じくラガーマン愛用のエデンパークEden ParkとセルジュブランコSerge Blancoも店を構えています。


パリからのアクセス
鉄道 : パリから高速鉄道TGVで3時間、リヨンのパールデュー駅から1時間40分
飛行機 : 国際空港である「マルセイユ・プロヴァンス空港」も擁し、特にパリ・オルリー空港とマルセイユを結ぶエールフランスのシャトル便「ラ・ナベット」は30分間隔で運航。シャルル・ド・ゴール空港からも1日3~4便が飛んでいます。
車 : フランスの南東部と南西部をつなぐ幹線高速道路上にも位置し、ニースからは車またはバスで2時間。
●マルセイユ市のホームページ

2023ラグビーワールドカップの開催都市
クリックすると各都市のおすすめポイント紹介ページに飛びます。
●Bordeaux ボルドー
●Lille リール
●Lyon リヨン
●Marseille マルセイユ
●Nantes ナント
●Nice ニース
●Paris パリ
●Saint-Etienne サンテティエンヌ
●Toulouse トゥールーズ

東横INNマルセイユが5月18日オープン…欧州ではフランクフルトに続いて2店目

東横インは、2018年5月18日にフランス初進出となる「東横INNマルセイユ サンシャルル駅前」(客室数267室)をグランドオープンする。欧州では2017年3月にオープンした「東横INNフランクフルト中央駅前」に続いて2店舗目。東横インは1986年、東京蒲田に1号店をオープン以来、「清潔・安心・値ごろ感」のある宿泊特化型ホテルの出店を続け、2018年4月末日現在、総客室数5万6788室と日本国内最大級の客室数を持つホテルチェーンへと成長した。

東横INNマルセイユ サンシャルル駅前は、マルセイユの主要駅であり高速鉄道TGVが乗り入れるマルセイユ サンシャルル駅から徒歩5分の好立地。客室はシングル、コンフォートシングル、キングダブル、エコノミーツインほか、障がい車や高齢の人も使いやすいよう工夫を施した「ハートフルルーム」を用意し、安全面にも配慮している。全室にバスタブ、シャワートイレ、個別エアコンを設置、「無料朝食サービス」など設備もサービスも日本国内の東横INNクオリティをそのままに、またフランスにおいても女性の感性を活かしたホテル運営で、宿泊客がほっとできる空間を提供している。

世界中に1045(トーヨコ)万室を作ることを目指し、2008年に韓国、2015年にカンボジア、2017年にドイツとフィリピンの各国にそれぞれ初出店。ヨーロッパ進出2店舗目となる同店のオープンを記念し、東横INN公式ホームページ予約限定のオープニングキャンペーンを実施する。

東横INN公式ホームページ予約限定オープニングキャンペーンではシングルA(78ユーロ)とコンフォートシングル(98ユーロ)が1泊1名38ユーロ(税込み)に。キングダブルとエコノミーツイン(118ユーロ)が1泊1室58ユーロに。対象期間は2018年5月18日~5月31日宿泊分(2連泊まで)。

東横INNマルセイユ サンシャルル駅前のホームページ

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山本純子は準決勝敗退…レッドブル・クラッシュドアイス マルセイユ大会

アイスホッケー、ダウンヒルスキー、そしてスノーボードクロスの要素を取り入れたアイスクロス・ダウンヒル競技の世界選手権「ATSXレッドブル・クラッシュドアイス・ワールドチャンピオンシップ」の2017-18シーズン第3戦決勝が2月16日にマルセイユ(フランス)で開催された。日本から唯一出場した山本純子は準決勝に進出し、8位で320ポイントを獲得。ワールドランキングを1つ上げて9位に浮上している。

女性の準決勝で大会史上最大斜度の坂を今まさに降りようとする山本純子 ©Sebastian Marko/Red Bull Content Pool

2015-16、2016-17シーズンの男性部門ワールドチャンピオンで、今シーズンようやく優勝をマルセイユで手に入れたキャメロン・ナーズ(米国)が試合後に「とてもタフなコースな上に他の選手の走りがよかったので、とにかく転ばず、スピードを落とさないで障害物をクリアした」と語ったように、この大会のコースは全長340mと短いながらも、大会史上最大となる斜度61度の下り坂を含む難易度の高いもの。さらに雨によって滑りやすくなっている中でレースは行われた。

©Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

山本も「すごくトリッキーで難しいコースでしたが、チャレンジして予選突破できました」とレース後に語った。
「斜度61度のBFグッドリッチ・ハーバー・ドロップは怖かったのですが、何度か滑るうちに恐怖心が消え、どう克服するかと考えられるレベルまでいけたのでいい経験になりました。今回は準決勝で敗退したので次の最終戦ではファイナルまで勝ち進みたいです」

ワールドチャンピオンシップの行方は、最初の2レースでミスして3連覇が遠のいたかに見えたナーズが、この大会の優勝で首位と300ポイント差となり、3連覇への希望を残した。女性部門では、ジャクリーン・レジェール(カナダ)がアマンダ・トランゾ(米国)を抑えて優勝し、わずかながら3連覇への可能性をつないだ。

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【Column】ボクのツール・ド・フランスはマルセイユから始まった

ボクがツール・ド・フランスを初めて取材したのは29年前、1989年のことだ。大会途中での現地入りで、7月14日に空路でパリに入り、そこから高速鉄道でマルセイユに向かった。シャンゼリゼでは革命200周年の祝賀行事が華々しく催されていて、その喧噪を乗り換えの地下鉄駅で耳にした。

2013ツール・ド・フランス第5ステージ。マルセイユにゴールした新城幸也

かつて当コラムで「ボクのツール・ド・フランスはルーアンから始まった」という原稿を書いたが、ごめんなさい。あれはウソです。いや、実際には「定義」の問題で、フリー記者として全日程を単独で初取材したのが1996年のルーアン。初取材したのは冒頭にも記したが1989年のマルセイユなのである。もうこれ以上ハナシを複雑にしたくないが、ツール・ド・フランスを初めて見たのは、自転車専門誌サイクルスポーツの編集部員に配属されたばかりの1988年だ。

ボクのツール・ド・フランスはルーアンから始まった

マルセイユの観光名所であるビューポール(旧港)

話はツール・ド・フランス初取材となる1989年。ボクはジョナサン・ボイヤーという米国人と日本で偶然知り合うことができた。彼は1981年のツール・ド・フランスに米国選手として初出場した元プロ選手だ。フランスの英雄ベルナール・イノーのルノーチームでアシストをこなしながら見事に完走している。映画スター顔負けの端正なマスクを持ち、四肢は女性のトップモデルのように細くて長かった。彼は自分のカッコよさを十分自覚していて、ツール・ド・フランスのスタート地点にテンガロンハットをかぶって登場し、女の子のハートを釘付けにしたと聞く。聞けば出身地のモンタナ州に「ボイヤーインターナショナルエアポート」を所有している大富豪の御曹司だった。

ボイヤーに出会ったのは北関東にある小さな町の内科医院だった。直前のハワイ・アイアンマンで日本勢初の快挙である9位でフィニッシュした宮塚英也を取材するために、栃木県の某所に足を運んだのだ。ボイヤーはすでに現役を引退していたが、その容姿と数カ国語を操れる能力を生かして、オランダの強豪PDMチームの広報に就任していた。

その地方病院の開業医は、人体から血液を一時的に採り出して冷凍保存し、しかるべきときに体内に戻すという医療行為を研究する先駆者だった。ボクがボイヤーに「ツール・ド・フランスに初めて取材に行くんです」と告げると、「ホテルを取るのは困難だから、オレに任せてくれ」と言って再会を誓ってくれた。

マルセイユの街中でのんびりと過ごす人たち

それから半年後、マルセイユで世界最高峰の自転車レースの現場に到着したボクは、その巨大な一大イベントに完全に舞い上がってしまった。そんなときに関係者らしき人が「PDMの広報がお前を探しているよ」と話しかけてきた。必死になってボイヤーを見つけると、「待ってたぜ」とばかりにガッチリとした握手を交わしてくれた。それからというもの、ボクはチームの空き部屋をあてがわれたり、あるいは彼がゴール地点の町をかけずり回って見つけたホテルにありついた。感謝の言葉を伝えると、映画スターばりのニヒルな表情でウインクして見せた。

2年後、PDMは全選手が集団発熱し、ツール・ド・フランスの途中でチーム全員がリタイアした。血液ドーピングの失敗かとうわさされた。ボイヤーの姿を自転車レースの現場で見ることは二度となかったが、6年ほど前にfacebookで発見したので、友だち申請したら受け入れてくれた。彼の書き込みから判断すると、現在はアフリカの未開発国に拠点を定め、その国の自転車ロードレースの発展のために地道な努力をしているという。

あれ以来、ツール・ド・フランスはすでに30年ほど担当しているが、いまでもマルセイユに到着したときのドキドキ感は忘れられない。2013年は第5ステージでマルセイユにゴールした。その日、2km地点で新城幸也とレザのヨーロッパカー勢、ルツェンコ、シカール、ドヘント、ドラプラスがアタックし、6人の第1集団を形成した。この中で3分42秒遅れの新城が総合成績では最も上位で、10km地点では一気に5分05秒差をつけたことで新城がバーチャルマイヨジョーヌ、つまりこのままの状況でゴールすれば総合1位になる存在となった。

マルセイユにゴールした2013ツール・ド・フランス第5ステージ。新城幸也は積極果敢な逃げに乗り、一時はバーチャルマイヨジョーヌの位置に

フランスの実況中継では「グループアラシロ」と紹介されるようになったが、これは当然だ。新城の存在が最も重要だからだ。一緒に逃げているメンバーは実力者ぞろい。ルツェンコはU23の世界チャンピオン、シカールは2009年にジュニアの世界チャンピオンになっている。一緒にゴールを目指そうという意思も統一され、しかも6人という集団は高速巡航を維持できる絶好の数で、一気にその差を開いていく。16km地点で10分30秒、20km地点で11分30秒、37km地点で12分45秒まで開いた。

しかしその後は追撃集団の先頭でオリカ・グリーンエッジが徐々にペースアップを始め、タイム差は少なくなっていく。残り54kmで先頭集団は2つに分断し、先頭には新城、ルツェンコ、ドヘントが残る。新城のチームメートであるレザは、ちぎれたシカールとドラプラスの背後で体力を回復させた後に、一気にスパートして前の3人に追いつく。

こうして先頭はヨーロッパカーの2人、アスタナのルツェンコ、バカンソレイユのドヘントだけになった。しかし残り40kmになって後続集団が本格的に追撃を開始。新城は220km地点でついに捕まり、結果的に優勝争いは大集団のゴール勝負となった。それでも218kmの間、国際映像に映し出された日本ナショナルチャンピオンジャージーは世界中の注目を浴びた。敢闘賞もならなかったが、見果てぬ夢にさらに一歩近づくような快進撃だった。

新城幸也。2013ツール・ド・フランス

【これまでのColumn】

洋菓子のパリ〜ブレストは自転車の車輪に似ているから命名された


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フランスには外国人が免税で新車を購入できるシステムがある


GPSデバイスはあえてセカンドグレードを選んだ、これだけの理由


ボクのツール・ド・フランスはルーアンから始まった


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