ウワサの映画『栄光のマイヨジョーヌ』をレビューしてみた

映画鑑賞というものが得意ではなく、試写会もなんとなく敬遠していましたが、「これは見ておいたほうがいい!」という周囲の推薦があってウワサの映画『栄光のマイヨジョーヌ』視聴してみたら、少なくとも2シーンほど目頭が熱くなってしまいました。それほど現場のリアルさが伝わるものだったのです。

マイヨジョーヌを着るサイモン・ゲランス。『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

繰り返しますが、取材記者の私自身が30年にわたって現地取材しているツール・ド・フランスの、本当のストーリーが克明に映し出されているからです。もちろんそれはボクが駆け出しだった30年前には存在しない手法を多様に駆使してのものでした。

あの当時、日本でツール・ド・フランスの総合優勝者を知る方法は、銀座の洋書店にフランスの自転車雑誌が入荷し、それを手に取ることが唯一という時代でした。そんな情報入手のあり方も日進月歩し、すぐにインターネットが普及し、リアルタイムに画像やテキストが報じられる時代が到来。

『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

さらにこの映画が伝える2010年代になるとプロ選手がSNSで、プロチームがオリジナル動画を編集して配信するなどでインサイドなシーンを拡散し始めたのです。この映画もそういったツールを集めてドラマ化したものだと認識しています。

『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

映画の舞台はサイモン・ゲランスがミラノ〜サンレモに勝利した2012年、同じくゲランスが第100回ツール・ド・フランスでマイヨジョーヌを着用した2013年、エステバン・チャベスがブエルタ・ア・エスパーニャで一時リーダージャージを着用した2015年、そしてマシュー・ヘイマンが北の地獄パリ〜ルーベを制した2016年のもの。

欧州を中心に行われる自転車ロードレースのリアル情報はその後もさらに研ぎすまされていますが、基本的にはこの映画の時代の手法がベース。そのため数年前のシーンを集めてはいるものの、古くささは感じられません。登場したベテラン選手はすでに引退していますが、なんらかの関わりを持ってこの世界で手腕を発揮し続けているので、そんな彼らの人生を知るにはうってつけです。

『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

ボクは記者なので、映画中に何度か登場するオーストラリア人記者を見るにつけ、笑顔になってしまいました。彼は複数のオーストラリア選手が活躍を始めたころにツール・ド・フランスに参入してきましたが、お互いに欧州スポーツ報道の現場に苦労しただけに、共感するものは多々あります。

マイヨジョーヌを獲得した自国選手の話を聞けるなど、うらやましいと思ったこともありました。ましてや自国のチームがツール・ド・フランスの常連となるのだから、誇らしげな横顔に嫉妬したこともあった(かも)。

笑ってはいけないんですが、2013年の第100回ツール・ド・フランスのバス事件も克明に紹介されています。とにかくこの年は主催者として特別なコース設定がなされ、最初の3日間が史上初となる地中海のコルシカ島を走ることになっていました。すべてが初体験のレースでした。

『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

コルシカ島はツール・ド・フランスのような大規模なスポーツイベントを開催するような環境ではなかったんです。プレスセンターのように大勢の関係者を収容する施設もなかったので、大型客船が3日間のゴールとなる港を巡って関係者のシゴト場としたほどです。チームバスなどの大型車両が通行する迂回路も設定できなかったので、オリカ・グリーンエッジのバスがゴール地点のゲートに引っかかるのも当然でしたよね。

映画にあるようにチーム関係者は顔面蒼白となっていましたが、この件は本当に大変だったようで、ツール・ド・フランスが再びコルシカに渡るという計画は全くないようです。

2013年の第100回ツール・ド・フランスは異例。コルシカ島のプレスセンターは3日間とも大型客船だった

ちなみにこの年のツール・ド・フランスは移動日なしで大会4日目にフランス本土のニースに渡り、ここで行われたチームタイムトライアルでオリカ・グリーンエッジが最速タイム。映画のとおり、ゲランスがマイヨジョーヌを獲得するわけです。2020年のツール・ド・フランスはこの大躍進の舞台となったニースが開幕地であり、彼らが激走したプロムナード・デザングレ通りが出発地。6月末になる前に映画で学習しておいたほうがいいです。

チャベスの笑顔の裏側も映し出していた

映画の主役となるのがコロンビアのエステバン・チャベス。取材記者が選ぶ「ベストフレンドリーライダー」で、屈託のない笑顔ばかりが印象的ですが、この映画で苦悩が続いた時代があったことを知らされました。

ブエルタ・ア・エスパーニャのエステバン・チャベス。『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

映画に断片的に登場する選手やチームスタッフの「回りくどいジョーク」の連続も見どころ。こういった冗談はきまじめなクリストファー・フルームには通用しないと思ったが、まさにその通りでした。

映画『栄光のマイヨジョーヌ』

オーストラリアのプロ・サイクリング・ロードレースチーム「グリーンエッジ」に密着したドキュメンタリー。2010年、オーストラリア人ビジネスマンで起業家のゲリー・ライアンが自分のロードレースチームを作ろうと思い立ったことから、オーストラリア初のワールド世界ツアー出場レベルのロードレースチーム「グリーンエッジ」が誕生した。結果だけでなく、それぞれの個性やチームに溶け込めるかに重点を置いて編成されたチームは、メンバーそれぞれが深い人間愛から競技にアプローチしていった。これまでの常識からはちぐはぐに思えたチーム編成でありながら、まさかのチャンピオンが誕生する。国際レースに臨んだチームの5年間のツアーに密着し、勢いに乗る選手、困難にぶつかる選手、さまざまな選手たちの姿を通して「グリーンエッジ」というチームの信念を描いていく。

『栄光のマイヨジョーヌ』
2020年2月28日(金)より 新宿ピカデリー/なんばパークス(大阪)ほか全国順次公開(c) 2017 Madman Production Company Pty Ltd
●公式サイト
Facebook:@green.edge.movie
Twitter:@greenedge-movie
Instagram:@greenedge_movie
2017年/オーストラリア/英語、スペイン語/99分
原題:ALL FOR ONE
監督・撮影:ダン・ジョーンズ

それはレースというより、挑戦…映画『栄光のマイヨジョーヌ』全国順次公開決定

オーストラリア発のプロロードレースチーム「グリーンエッジ」の発足から5年にわたり彼らのレースツアーに密着したドキュメンタリー映画『栄光のマイヨジョーヌ』の日本公開が決定。2020年2月28日(金)より新宿ピカデリー/なんばパークス(大阪)ほか全国で順次公開される。

『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

「我々はライダーである前に人間で、このチームは人間の集まりそのものなんだ」 エステバン・チャベス

ブエルタ・ア・エスパーニャのエステバン・チャベス。『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

『栄光のマイヨジョーヌ』はオーストラリア発のプロロードレースチーム「グリーンエッジ」の物語。その発足から5年にわたり、彼らのレースツアーに密着したドキュメンタリー映画だ。

アスリートならではの反骨精神で逆境を跳ね返し勝利をつかむ決意で団結したチームが、国際レースに挑んだ5年間のツアーの様子をチーム内部からつぶさに撮影し、勢いに乗る選手や困難にぶつかる選手の姿を通してチームの信念が浮き彫りとなったスポーツノンフィクション。

『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

この新生チームは、メンバーそれぞれがその深い人間愛から競技にアプローチし、ちぐはぐのチーム編成にもかかわらず、まさかのチャンピオンが誕生する。選手ひとりひとりが自らの目標を達成してく過程で芽生える信頼を糧に「本当に強いチーム」とは、を描き出していった。

現代を生きる企業戦士たちにも十分に参考になるチーム作りの秘訣が満載のドキュメンタリー映画。

『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

フランス、スペイン、イタリア、ベルギー、コロンビア、南アフリカ、米国、オーストラリアで撮影したツールムービーの決定版。2020年、新しい時代の幕開けにふさわしい挑戦のノンフィクション、リアルドキュメント。栄光のマイヨジョーヌの真の意味を、迫力あるスクリーンで確かめよう。

マイヨジョーヌを着るサイモン・ゲランス。『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

『栄光のマイヨジョーヌ』
2020年2月28日(金)より 新宿ピカデリー/なんばパークス(大阪)ほか全国順次公開(c) 2017 Madman Production Company Pty Ltd
●公式サイト
Facebook:@green.edge.movie
Twitter:@greenedge-movie
Instagram:@greenedge_movie
2017年/オーストラリア/英語、スペイン語/99分
原題:ALL FOR ONE
監督・撮影:ダン・ジョーンズ

『栄光のマイヨジョーヌ』より ©2017 Madman Production Company Pty Ltd

チャベスが復活の独走勝利…カラパス首位死守【ジロ・デ・イタリア第19S】

第102回ジロ・デ・イタリアは5月31日、トレビーゾ〜サンマルティーノディカストロッツァ間の151kmで第19ステージが行われ、ミッチェルトン・スコットのエステバン・チャベス(コロンビア)が峠の頂上に設定されたゴールに独走で飛び込んで優勝。総合成績ではリカルド・カラパス(エクアドル、モビスター)がライバルの先行を許さずマリアローザを守った。大会は残り2日。

エステバン・チャベスが復活のステージ優勝 ©Gian Mattia D’Alberto – LaPresse

2016、2018年に続く区間3勝目を挙げたチャベス。この日はスタート直後に形成された11人の第1集団に加わっていた。コロンビア勢がグランツールを制したのはこれで80回目。ジロ・デ・イタリア29、ツール・ド・フランス19、ブエルタ・ア・エスパーニャ32という内訳だ。ジロ・デ・イタリアでは3つの年で3勝を挙げたのは、コロンビア選手としては初めてという。

2016年に最終日の2日前に首位に位置していた実力者。最終的にはビンチェンツォ・ニーバリに逆転され、総合2位でフィニッシュした。グランツールの総合優勝も期待されたが、チャベスにとってはそれからが試練の日々だった。

「あの後ボクは体調不良になり、苦しい日々を過ごしてきた。でもあきらめなかった。ゴールまでの上りはその辛さを考えれば楽だった。支えてくれたすべての人に感謝したい」とチャベス。ゴール地点にはコロンビアから駆けつけた両親がいて、笑顔で抱き合った。

ジロ・デ・イタリア第19ステージ、チャベスが先頭集団からアタック ©Fabio Ferrari / LaPresse
ゴール地点にはエステバン・チャベスの両親が待ち構えていた ©Gian Mattia D’Alberto – LaPresse

首位カラパスはモビスターチームの援護を得てライバルの先行を許さずマリアローザを守った。

「いまベローナに着いたよという日がもうすぐ来る。今日はミゲルアンヘル・ロペスがアタックすることが予想されていたけど、チームメートのミケル・ランダがボクのために動いてくれた。最後までマリアローザを守る自信はある」とカラパス。

ジロ・デ・イタリア第19ステージ ©Fabio Ferrari / LaPresse
ジロ・デ・イタリア第19ステージ、ログリッチェがアタックするがライバル選手が反応 ©Fabio Ferrari / LaPresse
ログリッチェの先行を許さずゴールするマイヨジョーヌのカラパスら ©Massimo Paolone / LaPresse
ジロ・デ・イタリア第19ステージ ©Marco Alpozzi / LaPresse

●4賞ジャージ
マリアローザ(個人総合成績)リカルド・カラパス(エクアドル、モビスター)
マリアチクラミーノ(ポイント賞)パスカル・アッカーマン(ドイツ、ボーラ・ハンスグローエ)
マリアアッズーラ(山岳賞)ジュリオ・チッコーネ(イタリア、トレック・セガフレード)
□マリアビアンカ(新人賞)ミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア、アスタナ)

🇮🇹ジロ・デ・イタリア特集ページへ
🇮🇹第102回ジロ・デ・イタリア出場176選手リスト
🇮🇹第102回ジロ・デ・イタリアの関連ニュース

チャベスとサイモン・イェーツがワンツーフィニッシュ…ジロ・デ・イタリア第6ステージ

第101回ジロ・デ・イタリアは5月10日、カルタニセッタ〜エトナ間の164kmで第6ステージが行われ、ミッチェルトン・スコットのエステバン・チャベス(コロンビア)とサイモン・イェーツ(英国)がエトナ山の山頂ゴールにワンツーフィニッシュ。チャベスは2年ぶり2度目の区間勝利で、山岳賞ジャージを獲得。イェーツが総合成績で首位に立ち、初めてマリアローザを獲得した。英国勢がマリアローザを着用したのは4人目。

エステバン・チャベスとサイモン・イェーツがワンツーフィニッシュ © Gian Mattia D’Alberto – LaPresse

この日は50km地点で28人の第1集団が形成されたが、この中にチャベスがいた。後続集団からも執拗にアタックが試みられ、最後のエトナ山の上りで次々と先行していた選手らを吸収。しかしチャベスだけが逃げ切った。残り1.5kmで後続集団からイェーツがアタックして、残り500mでチャベスに合流。最後はチャベスを先着させて同じチームの2人がゴールした。

ジロ・デ・イタリア第6ステージ © Fabio Ferrari – LaPresse

「ボクにとってもチームにとっても最高の1日となった。これまでのジロ・デ・イタリアのさまざまな思いを上りながら回想していた」とチャベス。2016年のジロ・デ・イタリアでは最終日の2日前までマリアローザを着用していた。最終日前日にビンチェンツォ・ニーバリに逆転され、52秒遅れの総合2位でフィニッシュ。2017年は腱炎などで失意のシーズンを過ごしたが、大好きなジロ・デ・イタリアにカムバックしてきた。
「最後に追いついてきたサイモンはこう声をかけてくれた。『カモン! キミがステージ優勝するんだ』とね」

サイモン・イェーツがジロ・デ・イタリア第6ステージでマリアローザ © Massimo Paolone – LaPresse

「チャベスは先頭集団で勝利に値するほどの走りを見せていた。彼が人数の多い第1集団にいてくれたおかげで、ボクはメイン集団の中でサドルに座っているだけでよかった。最後はマリアローザを取れると確信していた」とイェーツ。
「開幕時のイスラエルからこのジャージを獲得するために努力してきた。最終日のローマまでチームキャプテンとしてこれを守り抜く努力をしたい」

エトナ山を上るエステバン・チャベス © Fabio Ferrari – LaPresse

ジロ・デ・イタリア第6ステージ

●ダイジェスト動画

●4賞ジャージ
マリアローザ(個人総合成績)サイモン・イェーツ(英国、ミッチェルトン・スコット)
マリアチクラミーノ(ポイント賞)エリア・ビビアーニ(イタリア、クイックステップフロアーズ)
マリアアッズーラ(山岳賞)エステバン・チャベス(コロンビア、ミッチェルトン・スコット)
□マリアビアンカ(新人賞)リカルド・カラパス(エクアドル、モビスター)

●ジロ・デ・イタリア特集ページへ
●第101回ジロ・デ・イタリアの関連ニュース
●第101回ジロ・デ・イタリア出場176選手リスト