7月14日 第9ステージ サンテティエンヌ〜ブリウド

ミッチェルトン・スコットのダリル・インピー(南アフリカ)がロット・スーダルのティシュ・べノート(ベルギー)との一騎打ちを制し、初優勝を果たした。首位ジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥークニンク・クイックステップ)ら有力選手は16分25秒遅れたが、先着した選手に総合成績の上位選手はなく、アラフィリップがマイヨジョーヌを守った。

2019ツール・ド・フランス第9ステージ ©ASO

南アのインピーがアフリカ大陸に区間2勝目をもたらす

南アフリカのチャンピオンジャージーを着用したインピーは2013年にアフリカ出身選手として初めてマイヨジョーヌを着用した。2日間で首位を明け渡すのだが、それは大会の歴史を塗り替える快挙だった。アフリカ勢のステージ初優勝は2007年のロバート・ハンター(南アフリカ)だったが、これでアフリカ大陸勢2勝目となった。

この日はインピーやベノートを含む14選手が第1集団を形成。アラフィリップを擁するドゥークニンク・クイックステップなどの有力チームはそれを静観。第1集団は15分以上の差をつけて逃げ切りを決定的にすると、その中でステージ優勝を争う戦いが始まった。残り7kmで2選手が抜け出した。そのままゴールまで逃げ切り、先行したベノートをインピーが逆転してゴールインした。

スタートの町ではサッカーのASサンテティエンヌ代表とサガンがウエア交換 ©ASO
7月14日はフランス革命記念日 ©ASO
第9ステージでマイヨジョーヌを着用するアラフィリップ ©ASO

「これまで何度も区間優勝を逃してきた。このステージはボクにちょうどよかったので、最初からねらっていた。ベノートとはうまく協力してゴールまで逃げ切れた。最後は南アフリカの誇りがあって負けるわけにはいかなかった。今日がフランス革命記念日だとしてもそれで遠慮するようなことはできないからね」とインピー。

2007年に優勝したハンターはバルロワールドに所属していたが、このとき一緒にツール・ド・フランスのメンバーに選ばれたのがゲラント・トーマス(英国)だ。その翌年に同チームに移籍してきたのがクリストファー・フルーム。ケニア生まれのフルームはそれまで南アフリカ国籍の選手として活動していたが、移籍と同時に両親と同じ英国籍に。そのためフルームの勝利記録はアフリカ大陸選手によるものとはされていない。

2019ツール・ド・フランス第9ステージ ©ASO
2019ツール・ド・フランス第9ステージ ©ASO
ダリル・インピーらが第9ステージで先行する ©ASO

ここ20年でグローバル化したツール・ド・フランス。地元フランスは33年間も総合優勝なし。フランス革命記念日にアラフィリップは「マイヨジョーヌ姿で大歓声を浴びてうれしかった」と言うが、フランス国民は自国選手の勝利を見たかったはずだ。

2019ツール・ド・フランス第9ステージ ©ASO

●4賞ジャージ
マイヨジョーヌ(個人総合成績)ジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥークニンク・クイックステップ)
マイヨベール(ポイント賞)ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)
マイヨブラン・アポワルージュ(山岳賞)ティム・ウェレンス(ベルギー、ロット・スーダル)
□マイヨブラン(新人賞)ジュリオ・チッコーネ(イタリア、トレック・セガフレード)

2019ツール・ド・フランス第9ステージのコースマップ(クリックすると拡大します)
サンテティエンヌ、チョコレート工場 ©Phillippe_Dureuil
サンテティエンヌ、シテ・デュ・デザイン ©Agence LIN Finn Geipel + Giulia Andi Photographe Christian Richters
サンテティエンヌ ©Saint etienne tourisme & congres – Gastrogays
オーレックシュルロワールの壁
サンジュストの丘【ボーナスポイント】

新ルール解説【ボーナスポイントとは?】

ブリウドの街の眺め ©Ville de Brioude
ブリウドの歴史地区 ©Ville de Brioude
ブリウドのラ・ヴィジタシオン公園 ©Ville de Brioude

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