東京パラ五輪の自転車競技に出場するアスリートを陰で支えるのが、義肢装具士の齋藤拓(さいとうたく)さんだ。GoogleのテレビCMで、パラ陸上の中西麻耶が使う義足の製作者としても登場した。「メダルは選手が取るもの。作った義足が割れることなく、選手が最高のパフォーマンスを発揮して無事にゴールしてくれたら」とエールを送る。
カラダとコンタクトする部分の作りの良し悪しがほぼすべて
「スポーツ義足は板バネが目立つので、ボクらはそれを作っているように思われるけど、切断したところを入れるソケットという器を作っているんです。カーボンを貼り合わせて樹脂でカチカチに固める。だからフィットしていないと痛い。皮膚に強く当たっていい部分とそうでない部分がある。装具士としての技術が求められます」
機材で競技力を向上させてはいけないというルールがあり、障害をカバーする範囲でものづくりを進めていく。
例えば片脚切断の選手の場合、切断した脚を入れるソケットを自転車の一部に装備して、カラダを支えながら片脚でペダルを踏む。残された部分の長さ、さたにはその中の骨の長さは個人によって異なる。切断されるとその先を動かす筋肉は必要ないので、筋肉がやせてほぼ脂肪になる。完全にオーダーメイドだ。まずは石膏で型を取る。次に脚の具合に合わせて型を削ったり盛ったりしていく。
「肉があるところは圧迫しても痛くないので、そこで体重を支える。当たると痛いところはソケットに余裕をもたせるために微修正する。全体的にどれだけ締めつけてあげれば心地いいかも考える。この修正作業のよし悪しで義足性能の8割から9割が決まります」
根気のいる長時間作業が続く。あまりにも集中してしまったため、気づくと気分が悪くなることもあるという。
自転車競技のように種目が違えば、ソケットに求められる機能も変わってくる。選手の「緩いんだよね」というような漠然とした言葉から、齋藤さんは解決策を探り出す。コンピュータ設計が入り込む余地はなく、すべて経験値が頼りの作業だ。
高校まではソフトテニスに打ち込んできた齋藤さん。2000年のシドニーパラ五輪のときに、日本選手がスポーツ義足をつけて初出場するというテレビ番組を見たのがきっかけだった。小さいころからものづくりが好きだった。
専門学校を経て、福祉事業で義肢を手がける鉄道弘済会に就職。年間100から200本も作り続けた。そこで知り合った仲間と茨城県水戸市にある義肢製作会社のアイムスへ。いまはいい環境のなかでスポーツ義足作りがこなすが、同社はトップアスリートだけでなくだれでもオーダーできるという。
「日常用の義足こそいいものを使ってほしいです。散歩で公園に行けばジョギングしている人がいて、走りたいなと思うかも知れない。そのとき、いい義足じゃないとスポーツをしようとは思わない。だから日常用も競技用も分けて考えずに作っています」と齋藤さん。
コロナ禍で東京パラ五輪が1年延期されたが、義足をハイレベルまで仕上げる時間になって、マイナスではなかった。
自転車を知るために手に入れたロードバイクもマニアック
2020東京五輪が開幕したときは4連休ということがあって、自宅でずっとテレビで応援した。卓球混合ダブルスの伊藤美誠・水谷隼。柔道の阿部一二三・詩兄妹、サッカー日本代表などの活躍に心を打たれた。
「スポーツっていいなあと思いました。(選手たちは陰で)努力しているんだろうなあと見ています」
テニス出身なので自転車の経験がなかった齋藤さんは、自転車のことを知ろうとロードバイクを購入した。
「テニス部だったので自転車も陸上も経験ない。自分で自転車を買って霞ヶ浦を一周したり、山を上ったり。自転車ってこういうものなんだなと思うようになりました。競技を知るってことは義足づくりにも役立ちます」
新車ではなかなか手が出ないので、ほぼ新品同様の新古車として見つけたのがスコットのフォイル。。カーボン生地むき出しのマットブラックで、トライアスロン用ハンドルが装備されていた。初めてアスリート用の義足を手がけた藤田征樹が、トライアスロンハンドルでは操作しづらいだろうと、北京パラ五輪でメダル取ったときに使っていたロード用ハンドルを提供してくれた。
「藤田選手は動作解析やパワーメーターを取り入れています。それを解説してもらって、それを自分なりにこういうことだと理解して、新しい義足を作り上げていく。藤田さんは数字ですが、藤井美穂選手や川本翔大選手は感覚的。長くやっていると選手の感覚はかなりスゴイので、それを読み解いて作りあげていきます」
そして最後に、2020東京パラ大会への意気込みを聞いた。
「メダルは選手が取るもの。どんな大会でも作った義足が割れることなく、選手のパフォーマンスの最後まで使ってもらえればいいんです」
東京パラリンピックの自転車競技に4選手
8月24日から9月5日まで開催される東京パラ五輪。自転車競技はトラック(8月25〜28日、静岡・伊豆ベロドローム)とロード(8月31日〜9月3日、静岡・富士スピードウェイ)の2競技に大別され、さらにいくつかの種目がある。日本代表は4大会連続出場となる藤田征樹(藤建設)、2大会連続の川本翔大(大和産業)、初出場の杉浦佳子と藤井美穂(ともに楽天ソシオビジネス)の4人。高次脳機能障害の杉浦以外の3選手が下肢切断で、齋藤さんが手がける義肢を使用する。
2020東京パラを陰で支えるトライアスロンメカニック