箱根駅伝の常勝チームである青山学院大の陸上競技部長距離ブロックの原晋監督と寮母を務める原美穂さんらが、青学の強さの秘密となる食事について語った。
夫の監督就任により経験も知識もなかった寮母に
2004年、夫である原晋さんの監督就任が決まってから、美穂さんとしては未経験の寮母という新生活が始まった。もちろんゼロからのスタートで、なにもわからない。「寮での生活スタイルがアスリートにとってはなによりも重要」とその重大さを認識し、独力で知識を習得していく。
「(私自身がその)環境に慣れることが大変。がんばりました」と陰の苦労は決して明かさない。
2020年の第96回箱根駅伝では9区で区間賞の走りを見せ、2年ぶり5度目の総合優勝をけん引した神林勇太主将(4年)は、「部員たちの食事は町田寮でいつも食べています。ワイワイと、学年は関係なくご飯を楽しんで、練習に向けての活力を蓄えています」と証言している。
2014年から栄養学を含めて青学陸上競技部のトレーナーを務めている中野ジェームズ修一フィジカルトレーナーは、「一般の人もアスリートも筋トレをすれば強くなると思いますが、食生活をしっかりしないと本来の意味で強くなれない」と食べることの大切さを力説している。
8月5日に開催された大腸活コンソーシアム主催のオンラインランチ会では美穂さんが手がけた昼食が披露された。
「いろんな品目を入れたほうがいいし、野菜もあったほうがいい。色もきれいにしたいので、この日はできれば赤を入れたかったんですが、神林くんがトマト嫌いなので」と優しさも見せる。
「寮では食事を残してはいけないというルールがあるんです。朝は必ずトマトを添えますが、鼻をつまみながら泣きながら食べている神林くんに、お昼にも出したらかわいそうかなと(笑)」
原監督は、「長距離選手は甘いものを食べないと思われるけれど、わが男子チームはそこまで管理せず、デザートも楽しんでいます。量が多いものを争ってジャンケン大会で取り合うほどです」とあとを続けた。
「1日だけ50kmとか100キロ走っても強くならないですよ。日々コツコツ走るのが重要です。栄養もそうです。日々の積み重ねで身体を作り上げていく。時には嫌いな練習もするし、嫌いな食べ物もきちんと摂る。いいスポーツカーに乗ってもガソリンが入ってないと走りませんから」(原監督)
中野トレーナーによれば1日14品目を摂ることを目標に食事メニューを考えてほしいという。その内訳は穀類、豆・豆製品、魚介類、肉類、牛乳・乳製品、卵、果物、海藻類、きのこ類、芋類、緑黄色野菜、淡色野菜」、油脂、嗜好品だ。
「かつては30品目と言われていましたが、厚生労働省も近年は摂りすぎであると指摘しています。健康維持・増進するためには14品目で十分なのです」
青学寮の食事は学年に関係なくワイワイと楽しく食べる
新型コロナウイルス感染拡大の防止策として、密にならない食事方法もあちこちで取りざたされているが、家族や仲間と一緒に会話をしながら楽しく食事することの意義も原監督は力説している。
「幸せホルモンと呼ばれるセロトニンを分泌させるために、ワイワイ楽しく食事をとるように、会話をするよう心がけています」
また就寝の3時間前には食事を終えることも重要だという。睡眠の時に副交感神経を優位にするのがいいが、食べたものが消化中ではなかなかその状態にならないからだ。良質の睡眠を取れば身体の回復も十分にできるのだ。
そして夏は脱水症状対策も怠らない。朝起きたら水をコップ1杯飲む。朝ごはんでもお味噌汁1杯をつけて体内の水分量を高めておく配慮を怠っていない。
美穂さんも「この時期の脱水には気をつけています」という。
「今年は梅雨が明けるのが遅く寒かったり暑かったり。そして昼と夜の温度差があると体調を落としやすいので、部員たちが着ている服もチェックしています」
一方、選手たちは水分とともに炭水化物を摂ることの大切さにも気づいている。
「夏は合宿で走る距離が長くなるので、エネルギーとなるご飯の量を増やしながら距離を伸ばしていきます。炭水化物が重要です」と神林主将。
さらに、脱水症状の対策として水だけを口にしてもダメだと中野トレーナーは証言している。
「食事としてしっかり糖質を摂っていないと、水を吸収できないんです。身体の中に保水させるためには炭水化物の摂取が重要。さらには発汗により鉄分が失われることも要注意。夏場はしのげても、秋くらいから貧血になることも多いんです」
「2時間08分30秒の初マラソン歴代2位、学生マラソン歴代2位の記録を作った吉田祐也(青学大→GMOアスリーツ)は毎食300gのご飯を計量して食べるように心がけていました。中野トレーナーからの指導をいまも守っています」(原監督)
青学の強さ。自主性を学生たちがどう考えるか
スポーツ選手に自主性が求められると言われるが、「指導者がどのような考え方で、部員の自主性を価値のあるものにしていくかこそ重要であると原監督は力説している。
「高校時代の選手たちは、その日の練習をその日に知る。それがあたりまえでした。でも本来の指導者なら、もっと前から長期メニューや目標設定を渡して、それをふまえてそれぞれが自分たちの距離や強さを決めていく。これが自主性です」
青学に入ったら、自ら生きる力を学んでいってほしいという。
「だから”学生”なんです。高校時代は与えられたものをこなすだけ。大学ではすべてのことに対して自分で考える。そのことが当たり前になっていくべきです」
それに呼応するように、美穂さんは寮での食事をみんなで一緒に食べるように改革した。
「それでいきなり強くなるようなものではないけれど、今ではいい結果になっていると感じています。最初は好きな時間に好きな量を食べさせていましたが、食後に片付けをしていると残していることに気づきました。だったらみんなで一緒におしゃべりしながら食べましょう」
友達や家族と一緒に食べるのと同じだ。しゃべりながらだと噛む回数も増える。そうすると分泌する唾液の量も増える。
「素人の浅知恵なんですけれど」と美穂さんは謙そんする。
「小学校の給食は、土日に家で食べる時よりおいしかったり楽しかったりする経験がありました。科学的にはわからないけれど、栄養吸収が高まるんじゃないかなあと感じています」
「1人だとどうしても早く食べ終わりたいという気持ちになりますが、これでは唾液がうまく分泌できません」と中野トレーナー。
楽しく食事をすれば栄養吸収も成績も高まる
「ゆっくりとみんなで一緒に食事をすれば、消化吸収もよくなります。ランナーは消費カロリーがとても高いスポーツで、加えて練習量が多い。どうすれば体重を落とさないようにするか。食べるということが命令になってしまうとそれは義務になり、ツライ練習と同じようにイヤになってしまいがち。でも、楽しくおいしく食べれば、少ない量でも栄養になる」(中野トレーナー)
そして神林主将。
「寮での食事時間は食べることより話すことが多いですね。そしてボクは最後まで食べていて、1時間くらいかかることもあります。もしかしてそれが体作りにいいのかなと思います。大学に入ってから1度も体調を崩したことがないのは食事のおかげです」
「青学の町田寮はほんとにうるさいです。賑やかです。テレビもついているけど、それが聞こえないほど。面白いのは脚が速い子のほうが、ご飯が遅いことです」と最後に美穂さん。
新型コロナウイルス感染拡大の防止策で、家庭での食事もそれぞれの部屋に分かれて1人で食べることを提唱する専門家もいる。原監督は、青学町田寮でのしっかりとした感染防止対策を取った上での発言として、「物事は1方向だけで考えないことが大切です」と、実証している共食の効果を訴える。2021年の箱根駅伝における作戦名は、「12月10日に行われる記者会見までにネタを仕込み中ですので、もうちょっとお待ち下さい」と。
●オンラインランチ会を企画した大腸活コンソーシアムのホームページ
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